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期待葬の司祭  作者: 八海クエ
第4章 はるか、遠く
40/60

第40話 移動

 新幹線。揺れは少なく、音も一定で、

 外の景色は形を保てない。


 平日の昼間だというのに、車内は静かではなかった。

 通路を挟んで、聞き慣れない言葉が飛び交う。

 大きな荷物。写真を撮る音。


 視線が、落ち着きなく動いている。


 静久は、窓側の奥にいる。

 その手前に、宗継が腰を下ろしていた。


 静久は、一瞬だけ、宗継を見た。

 何も言わない。宗継も、説明しない。

 ただ、そうした。


 通路を通る視線は、宗継で止まる。

 静久まで届かない。


 静久は、窓の外に目を向ける。

 流れる景色は、どこか白っぽくて、定まらない。


 狐はついてこなかった。そのことを、静久は思い出す。

 宗継が、そこにいる。それだけだった。


 静久は、カップを持ち直す。

 揺れに合わせて、液面がわずかに動く。


「……人、多いですね」


 小さな声だった。


「ええ」


 宗継は、通路から視線を外さずに答える。

 立ち止まる人。振り返る人。座席番号を確かめる人。


 宗継は、何度か、肩を引いた。

 通路を譲るためではない。

 静久との距離を、一定に保つためだった。


 静久は、その動きを見ていた。


 気づいてしまう。


 この人は、仕事としてではなく、役割としてでもなく、

 自然に、そうしている。


 静久は、何も言わなかった。


 車内アナウンスが流れる。

 意味は聞き取れるが、頭に残らない。


 宗継が言う。


「……落ち着きませんね」


 静久は、少し考えてから、答える。


「はい……思っていたより」


 宗継は、短く頷いた。


 通路の向こうで、笑い声が上がる。

 言葉はわからない。だが、楽しそうだ。


 静久は、窓に映る自分の輪郭を見る。


 自分は、守られているのではない。

 選ばれているわけでもない。


 ただ、人の流れから少し離れた場所に置き、

 受け止めてくれている。それだけだ。


 それが、心地よかった。


 静久は、カップを両手で包んでいた。

 温度は、もうそれほど残っていない。


「神様……置いてきてしまいました」


 静久が、ぽつりと言う。

 不思議と、責める調子ではなかった。


「ええ」


 宗継は、それだけ答えた。


 静久は、少し考えるように視線を落とす。

 それから、肩をすくめた。


「まあ……きっと、いいのです」

「神様に聞きたいことは、たくさんありますけど」


 宗継は、今日、初めて静久のほうを見た。

 その横顔は、いつもと変わらない。

 ただ、距離を測る必要がなくなっている。


 静久には、事務所の外でも棺が見えている。

 それ以上の何かさえ、見えているのかもしれない。


 宗継は、それに気づいていた。


 静久もまた、気づいていた。

 自分が、ただ、守られる存在ではないことを。


 私は……。


 その事実が、胸の奥で、静かに定まっている。


 狐は、神であることをやめた。

 その理由が、少しだけわかる気がした。


 車内アナウンスが流れる。

 聞き取れるが、意味を取る必要はない。


 宗継は、静久をこれまで以上に感じていた。

 監視でも、保護でもない。

 同じ時間を、同じ場所で過ごす相手として。


 静久が、ふっと息を吐く。


「……移動って、嫌いでした」


 宗継は、意外そうに目を向ける。


「どうして、ですか?」


「どこにも、属していない感じがして」


 静久は、窓の外を見る。

 速すぎて、何も残らない景色。


「でも今は……」


 言葉を探し、一度やめる。

 けれど、言う。


「今は、悪くないです」


 宗継は、少し考えたあと、言った。


「私もです」


 短い答えだった。

 それ以上、説明はしなかった。


 二人の間に、沈黙が落ちる。

 だが、それは、埋めるべきものではない。


 期待でも、役割でもない。


 ただ、許された人間同士が、

 同じ方向へ、意識を向けているだけ。


 車体が、わずかに揺れる。


 静久の肩が、宗継の腕に触れそうで、触れない。

 どちらも、避けなかった。


 外の景色は、相変わらず速い。


 だが、この二人の中では、

 時間が、ゆっくり流れていた。



お読みいただき、ありがとうございます。

とっても嬉しいです。

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