第35話 小説家
「もう、何年も書いています」
宗継は、黙って聞いていた。
彼の棺は、軽そうに見えた。
「なるべく賞にも出してます」
「出版社に、原稿も送っています」
男性は、机の上に視線を落とす。
「結果は、ずっと同じです」
静久は、何も言わない。
「読まれない」
短い間。
「正確に言えば、誰かには、読まれているはずです」
男性は、少しだけ笑った。
「でも、賞は取れません。返事も来ません」
宗継は、棺を見る。
そこにある。
「私は、小説家です」
言い切りだった。
「売れていないだけで」
静久が、湯呑みを差し出す。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
一口飲んで、男性は続けた。
「書くこと自体は、嫌いじゃない」
「むしろ、好きです」
間。
「でも、期待がついて回る」
宗継は、視線を上げた。
「どんな期待ですか」
「読まれたい」
「評価されたい」
軽そうな棺が、似つかわしくない音を立てた。
「……見返したい」
宗継は、黙っている。
静久が、視線を落とす。
「だから、ここに来ました」
男性は、自分の棺を見た。
「この期待を、葬ってほしいんです」
棺が、静かになった。
しばらくして、宗継が答える。
「……それは、できません」
男性は、少しだけ目を見開いた。
「なぜですか」
宗継は、棺を見、目を逸らして言う。
「それは、あなたの仕事そのものだからです」
「葬れば、書けなくなる」
男性は少し考えて、小さな声で言う。
「仕事……。趣味ですよ」
男性は、そう言って目を伏せた。
しかし、原稿を書いている時
それを趣味だと思ったことは、一度もなかった。
宗継が言う。
「期待に応えようとしています」
「それは、仕事です」
長い沈黙がある。
静久が小さくため息をつく。
それから、口を開いた。
「それでも小説……お書きになるんでしょう?」
問いではなかった。
男性は、しばらく黙っていた。
「……書きます」
声は、小さい。
宗継は、うなずいた。
棺は、やはり軽そうに見えた。
「この棺は、葬れません」
男性は、棺から目を離した。
「じゃあ、私は……」
「今日は、ここまでです」
宗継は、はっきり言った。
「棺と共に、お帰りください」
沈黙。
男性は、苦笑した。
「そうですね」
立ち上がる。
「……ありがとうございました」
扉が閉まる。
静久が、口先を少し尖らせて言う。
「宗継さん。今日はちょっと、冷たいですね」
宗継は、首を振る。
「誠実です」
火は、必要なかった。
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あれ?




