第33話 コンサルタント
その依頼人は、約束の時間ぴったりに現れた。
呼び鈴は一度。
押す強さも、離す速さも、ちょうどいい。
「どうぞ」
宗継が扉を開けると、二十代後半の男性が立っていた。
濃い色のスーツ。磨かれた革靴。手入れの行き届いた鞄。
全体に、余分がない。
「失礼します」
簡単な自己紹介。名刺は、差し出されなかった。
部屋に入ると、男性は一度だけ周囲を見回した。
宗継、静久、丸まっている狐。もう一度、チラと静久。
棚、机、床。そして——自分の棺。
視線は短く、しかし正確に止まった。
「これが……」
「はい」
宗継は、それ以上を言わなかった。
彼は事前に、期待葬について調べていた。
棺は、角が揃い、歪みがない。埃も、傷もない。
ただ、ある。
男性は深く息を吸い、吐いた。
「仕事柄、ですね。現在地を把握する癖があって」
「把握、ですか」
静久が、湯呑みを差し出した。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
男性は礼を言い、座った。
背筋は伸びたまま。だが、肩の力は抜けていない。
「私は、コンサルタントです」
やはり、必要なところでだけ言葉を置く。
「求められるのは、正解への短時間での到達です」
語りは整理されていた。
感情の混入がない。
「全て詳しく調べれば、正解はわかります」
「でも、それでは時間もお金もかかりすぎる」
「だから、だいたいこれが正解なんじゃないかと」
「"仮説がよく当たる"ことを、求められてきました」
宗継は、黙って聞いていた。
彼は、棺の方を見ない。
「でも、生成AIが利用されるようになって……」
男性は、爪を噛み始めた。
「仮説の必要性が、薄れてきたんです」
「データを全て生成AIにブチ込めば、いきなり正解」
男性は、わずかに眉を動かした。
「コンサルタントの仕事は、生成AIに奪われるでしょう」
「そうなんですね」
宗継は、否定しなかった。
「だから、コンサルタントの価値を見直すか」
「コンサルタントを辞めるか」
悩んでいるような口ぶりではない。
宗継は、問う。
「あなたは、賢い人だ」
「悩んでなど、いないのでしょう」
男性は、ニヤリとした。
「意地悪ですね」
宗継は、その言葉を聞きながら、棺を意識する。
動かない。変わらない。
ただ、そこにある。
糸は見えた。細く、多い。
どれも張り詰めてはいるが、切れそうではない。
男性が、長く息を吐いた。
「……コンサルタントとして実績を積み」
「大企業か、ベンチャーの経営者として転職し」
「さっさと稼いで引退する」
——手順が薄い。不味い味噌汁ができそうだ。
「そういう、思い描いていた勝ち組キャリアは」
「もう実現できません」
短い間。
「ゼロから、キャリアを考え直す必要があるんです」
男性は、自分自身に言い聞かせている。
「もう通用しないキャリアパス。未練がましい期待」
「それが、僕の棺です」
男性は、大きく息を吸った。
「だから、さっさと葬っていただきたい」
宗継は、困っている。
それが、わずかに顔に出ていた。
「……」
静久が、前に出た。
「あの、よろしいでしょうか」
「はい? あなた……アシスタントでは?」
「巫女です」
「巫女さん……が、何を?」
「神社については、多少は知っております」
「神社」
「日本の神社、後継者がいません」
「8万社のうち、だいたい4割が、後継者に困っています」
「はあ」
「お守りなど、年間の売上は、よくて数百万円にしかなりません」
「社殿、鳥居、屋根などの補修費は、それ以上かかります」
「赤字ですか。厳しいですね」
「そんな神社ですが、コンサルタントの方が旗を振って」
「多数の神社を一手に管理して、すごく健全にしています」
「な、なるほどね」
静久は、少し考えてから、はっきりとした声で言った。
「コンサルタントの時代は……本当に終わりですか?」
「……」
「本当に? 本当に終わりですか?」
「……」
「コンサルタントが終わるとして」
「逆に、始まるのはなんですか?」
男性は、しばらく考え込んでいた。
そして、名刺を出しかけて、しまった。
それから、逃げるようにして事務所を後にした。
扉が閉まる。
静久が、後片付けをしながら言った。
「まったく。なんですか? あれは」
「静久さん……すごいですね」
「引退することが目的の人なんて、いるんですね」
「バカみたい」
二つの棺は、今日もそこにあった。
宗継は、兄の言葉を思い出していた。
『お前は、特別なんだ。お前らしくあれば、いいんだ』
宗継の棺が、小さく「チッ」と音を立てる。
いまの宗継には、自分のしていることが特別だとは思えない。
ただの仕事。この世に数多ある仕事の、そのひとつ。
それでいいと、本心から思えた。
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