第29話 九條家の書庫
書庫は、静かだった。
埃の匂い。古い紙と木の、匂い。
宗継は、同じ棺が三つ現れたことを、兄に伝えた。
「二つとして、同じ棺はないはずだ。少なくとも、そう伝わっている」
「わかってる。でも兄さん、本当に同じ棺だったんだ」
「糸の太さ、絡み方まで、完全に一致していた」
二人は、言葉少なに、多くの文献をめくった。
紙の擦れる音が、書庫に小さく響く。
兄は、ページを繰るたび、慎重だった。
破れやすい紙を、傷つけないように。
宗継は、その手元を見ていた。
——変わらない。
能力は覚醒しなくとも。
当主としての資質は、ずっと、兄の中にあった。
「……なあ、宗継」
文献をめくる手を止めて、兄が言った。
「今、おまえは、どこで……」
そう言いかけて、止める。
宗継は察し、少し考えて答えた。
「元気にしてるよ。一緒に暮らしている人も、いる」
「犬も、飼ってるんだ」
兄は、どこか弱っていた。
「兄さん」
宗継は、静かに言った。
「その棺、今、葬ろう。調べ物の邪魔にもなるし」
兄は、宗継でさえ見たことのない表情をした。
——強い、覚悟。
宗継は、兄の棺を見ていた。
危険だが、目を逸らせなかった。
糸が、絡みついている。
兄の胸に、喉に、背中に。
兄は首を横に振った。
「だめだ」
「これは……俺が背負うべき罰なんだ」
兄は、棺に手をかざした。
見えないはずの、その場所に。
宗継は、息を呑んだ。
「宗継のこと、守れなかった」
「だから……」
兄は、言葉を選びながら、続けた。
「俺は、それを忘れたくない」
兄は、続ける。
「俺は、彼女を……妻を、愛している」
「子どもはいない。でも……幸せなんだ」
反論できなかった。
歪んだ愛なのかもしれない。けれど——真実だ。
そうして兄嫁のいない2日間、
兄弟はほとんど無言で、文献を探し続けた。
そして、時間が迫るころ。
「おい、宗継。これ……」
大乱。文献の年号からして、応仁の乱。
その文字を、宗継は指でなぞった。
墨が滲んでいる。急いで書かれた記録だと、分かる。
大乱の文字に、短い言葉が続いていた。
『同じ棺が、二つ』
それだけだ。
それ以上を書くことを、躊躇ったようだ。
日が傾いていた。
書庫の奥には、光は届かない。
それでも、時間が過ぎていることは分かった。
兄は、何度か、無意識に時計を見た。
宗継は、それに気づいていた。
——もう長くは、いられない。
この家に。兄のそばに。
「宗継」
沈黙。
「葬送の仕事を、続けるんだ」
宗継は、深く頭を下げた。
兄の棺を残したまま、宗継は実家を離れる。
きっとまた、長い別れになる。
別れ際、兄が呟くように言った。
「あのころ……」
「俺と彼女、お前の三人でいられたら」
「よかったのにな」




