第27話 制服組の苦悩
依頼人は、制服姿で現れた。
女性。年齢は三十代前半。
背筋が伸び、歩き方に迷いがない。
宗継は、それだけで、少し警戒した。
この人は、自分の判断を疑わない。
——誰かの判断に、長く従ってきた人だ。
糸が、重なっていた。
細い糸が、主に二つの方向から絡んでいる。
「ご用件を」
宗継が言う。
女性は、少しだけ視線を落とした。
「……家族です」
それ以上、すぐには続かなかった。
静久は、準備していた茶を、黙って差し出す。
女性は礼を言い、両手で受け取った。
「私は、自衛官です」
それは、言い訳のようでもあり、確認のようでもあった。
「国外の治安維持活動。派遣命令が出ました」
宗継は、頷く。
静久も、何も言わない。
「家族は、反対しています。強く」
女性は、息を整える。
「『死んでほしくない』」
「『危険な場所に行ってほしくない』」
彼女の棺が、軋む。宗継も、納得する。
「……当然です」
その言葉に、怒りはない。
「でも。辞令は、覆りません」
棺の糸が、わずかに揺れる。
宗継は、棺を見ない。
静久の位置を、確認する。
ここまでは、手順どおりだ。
「ご希望は」
「この期待を……葬ってほしい……」
「わけではありません」
女性は、言った。
「家族を裏切りたいわけではないです」
「ただ、このままでは……」
言葉が、止まる。
静久が、口を開いた。
「絡まってますね」
糸のことを言っている。
感情のことではない。
「期待が、同じ方向を向いているようで、違います」
女性は、少し驚いた顔をした。
「……そうかもしれません」
宗継は、そこで一歩、踏み込む。
「棺を、葬らないという選択があります」
女性は、顔を上げる。宗継が続ける。
「解く、ということです」
静久が補足する。
「結び目を」
宗継は、事務所に置いてある端末を指した。
「一つ、確認していいですか」
「はい」
「ご家族は、“危険だから反対している”のですか」
「……ええ」
「“必ず死ぬと思っている”わけではない?」
女性は、少し考えてから首を振った。
「そこまでは……」
宗継は、端末を操作した。
「では、“危険の中身"を、整理しましょう」
静久は、黙って横に立つ。
狐は、動かない。
宗継は、画面を依頼人にも見せる。
「治安維持活動の統計です」
数字は、淡々としていた。
戦闘任務ではない。それとは明確に分けられていること。
装備と支援体制が、戦闘任務とは異なること。
そして、過去の治安維持活動による死者数が
極めて少ないこと。
「……ゼロ、に近いのですね」
女性が言う。
「"死者ゼロ”ではありません。分類の問題です」
「それに未来のことは、わかりません」
宗継は、強調した。
「実際、治安維持活動とは別に分類される死者はいます」
宗継が、続ける。
「ただ、お餅を喉に詰まらせて亡くなる方は——」
「年間3千人以上になります」
女性の表情が、少しだけ和らぐ。
「治安維持活動より、お餅の方が危険なんですね」
女性は、何かを思い立って、問う。
「クマはどうですか? クマ、怖いですよね、今」
静久が、端末を叩く。
「死者は、年間10人前後……みたいです」
「それでも、怖いですけど」
「でも。お餅の方が、統計的には危険なんですね……」
宗継が、これに被せる。
「“想像だけで膨らんだ期待”は、現実とは違います」
糸が、少しずつ、ほどけ始める。
切れない。燃やさない。
結び目が、緩む。
女性は、見せられた画面を覗き込んだまま、
静かに言った。
「……こういうのを、家族と一緒に調べてみます」
「はい」
「それでも、心配はなくならないでしょう」
「仕方ないと、思います」
静久の声は、穏やかだった。
「心配は、期待と似ています」
女性は、深く息を吐いた。
「ありがとうございます」
棺は、消えなかった。
だが、重さは、変わっていた。
依頼人が帰ったあと。
宗継は、端末を片づけながら言う。
「葬る必要、なさそうですね」
「それに、手順通りでした」
静久は、頷いた。
宗継は、呟くように加えた。
「正確に測って、火を強くしすぎない」
静久は、少しだけ微笑んで口を開いた。
「勝手な解釈を、決して足さないことです」
狐が、小さく鼻を鳴らす。
世界は、動き始めている。この日——
二人は、その”動き”を、制御できているように思えた。
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