第26話 勝手な解釈
同じ棺は、三日連続、三回、出現した。
そして三回、手順に従い、葬った。
それ以来、あの棺を見ていない。
——三が、二つある。
何かの警告のような気がする。
そうでなくても、警戒した方がいい。
事務所にて。
「静久さん、どう思いますか?」
「わかりかねます」
「はい」
宗継の返事が、また依頼人との対話のようになってしまう。
「神様からのメッセージは、そもそも……」
「人には解読できないものです」
宗継は、ハッとして問う。
「神様からのメッセージであることは、確定なのですか?」
「それも、違います」
狐は、聞こえているはずなのに、介入しない。
「人は、偶然起こったできごとを、勝手に解釈します」
「はい」
「宗継さん、その対応。いい加減、怒りますよ」
冗談っぽく言っているが、静久の目は笑っていない。
「す、すみません」
「巫女というのはですね——」
「そういう勝手な解釈を、神様の迷惑とならぬよう」
「水に流す役割も担っているのです」
静久は、神々からの期待を、棺としていた。
それは、勝手な解釈が増えたことが理由なのかもしれない。
「なるほど。今回の件も、勝手な解釈をしてはいけないと」
「そうです。それは、正解ではないからです」
「それに……」
静久は、何かを考えている。
「仮に正解だったとしても」
「こちらから、神様に干渉する手段がありません」
「私は、もう祈ることができませんから」
狐が、小さな音を出した。
しかし、それ以上の動きは見せない。
静久が念を押すように加える。
「神様の意思は、人間にはわからないものです」
「わかったような気になっては、いけません」
宗継は、静久がいつもより巫女らしく見えて、少し嬉しい。
「わかりました。申し訳ありませんでした」
——日々を、ただ誠実に重ねるしかない。
しばらく、忙しい日が続いた。
最近、宗継は、静久に味噌汁の作り方を習っている。
以前、静久が長く留守にしたとき(第4話)
宗継は良くない状態になった。
その起点は、”うまく作れない味噌汁”だった。
依存しない。棺を生み出すほどの、期待はしない。
鍋に水を張りながら、静久は言った。
「最初から強火にしないでください」
「男性は、強火でジャッジャやるのが好きですが」
「強火は、料理の敵だと思ってください」
宗継は、手を止める。
「沸かさない?」
「沸かします。でも、急がせない」
静久は、宗継の手から鍋を受け取り、コンロに置いた。
火は、弱め。音がしない程度。
「味噌汁は、だしが先です。味噌じゃないです」
「だし……」
「今日は、顆粒でいいです」
「こだわりすぎるのも、男性の悪い癖です」
袋を開け、小さじを使う。
量は、迷いなく、しかし多くない。
「多いと、濁ります。正確に、測ってください」
「正確に、です。測らない人は、いけません」
「少ないと?」
「味が、薄くなります」
当たり前の答えだった。
だが、当たり前が難しい。
宗継は頷く。
水が温まり始める。
まだ泡は出ない。
「ここで、具です」
静久は豆腐を、手の上で切る。
大きさは揃っているが、几帳面すぎない。
「崩れませんか」
「崩れます。でも、それでいいのです」
「結果に影響を与えるのは、そこではないからです」
鍋に入れる。
次に、乾燥わかめ。
「入れすぎない」
「すぎないことが、難しいのです」
静久は、指でつまんで落とした。
「戻るから」
宗継は、それを見ていた。
「次、火を止めます」
「まだ沸いてない」
「沸かさないのです。手順を守ります」
「余計な解釈は、必要ありません。手順です」
静久は、コンロを消した。
鍋の中は、静かだった。
「ここで、味噌」
味噌を溶く。
直接入れず、少しずつ。
「沸かすと、香りが飛びます」
「……仕事、みたいですね」
宗継が言うと、静久は一瞬だけ考えた。
「似てます。でも、料理は繰り返し練習できます」
味噌が溶けきる。
「ですが、仕事には本番しかありません」
「失敗したら、それで終わりです」
「捨てて、お終いというわけにはいかない……」
最後に、火を点ける。
「温めるだけ。沸かさないです」
宗継は、その動きを覚えるように見ていた。
「やってみます」
鍋を受け取り、同じようにする。
火を弱め、水、だし、具、火を止め、味噌。
途中で、少し迷う。
「今、味噌入れますか」
「はい、今です。いいですね」
宗継は入れた。溶かし、火を点ける。
静久は、何も言わない。
湯気が立つ。音は、まだ出ない。
「……これで?」
「はい」
椀によそう。二人で飲む。
「どうですか」
「……美味しいです」
静久はそう言って、椀を置いた。
宗継は、もう一口飲んだ。
味は、確かに定まっていた。
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