第25話 同じ棺、同じ糸
アパートのドアを開ける。
夕方の空気が流れ込んでくる。
昼と夜の境目。
住宅街は、この時間だけ、少し音が減る。
宗継がリードを手に取ると、狐は先に歩き出した。
舗道の端を、迷いなく進んでいく。
尻尾が小さく揺れている。
「やっぱり……ちょっと、変だな」
宗継が、ぽつりと言った。
静久も、同じような違和感を感じていた。
月曜日に来た、大学教授。
研究室に積まれた論文原稿と、誰にも言えない焦り。
もう、退くべきだという空気。まだ終われないという、自負。
手順に従い、棺を葬った。
火曜日は、タクシー運転手。
事故を起こさないこと。客を怒らせないこと。道を間違えないこと。
何十年も続けてきた仕事が、ある日突然、重さをもった期待になった。
手順に従い、棺を葬った。
どちらも、白木でできた”全く同じに見える棺"だった。
糸は、どちらもあまり見ない太さをしていた。
絡み方も、張り方も、まるで"写し取ったように同じ"だった。
「偶然、でしょうか?」
静久が、歩きながら言った。
宗継が、それに答える。
「そう考えるには、似すぎている」
宗継は、狐を見る。
狐は振り返りもしない。ただ、歩調を少しだけ緩めた。
静久は、その変化を見逃さなかった。
「……メッセージでしょうか?」
宗継は、すこし考えてから口を開く。
「もう少し、観察してみる必要がありますね」
次の日、水曜日。
事務所に到着すると、二人と一匹は、各々の動作に入る。
宗継は、依頼人からのメールを確認している。
静久は予定の確認をしながら、茶の準備をしている。
狐は、いつもの場所で寝たふりを始めている。
時間に少し遅れてやってきた依頼人は、
ビルメンテナンスの仕事をしている男性だった。
「何も起きないことが、仕事なんです」
男は、そう言ってから、少しだけ笑った。
「でも、何も起きないと、誰からも感謝されない」
「起きたときだけ、全部、こっちの責任になる」
「だから——」
宗継と静久は、男性の話に意識が向いていない。
棺が、糸が。
——全く、同じだ。
ビルメンテナンスの仕事をしている男性。
彼の棺も、無事に葬った。
男性が感謝をしながら事務所を出た直後。
「静久さん、これ、おかしいです」
「ええ」
「三人の依頼人が抱えていた期待は……」
「全く、異なるものでしたね」
「それなのに、同じ棺、同じ糸……あり得ない」
そのとき、狐が、短く鳴いた。
宗継と静久は、ギョッとして狐を見る。
しかし狐は、それ以上、何の動作もしなかった。
——偶然では、あり得ない。
宗継は、これまで一度だって”同じ棺”を見たことがなかった。
修行中も、棺は"二つとして同じものはない"と教わった。
三日連続、三つの同じ棺が現れたのだ。
しかも、同じ場所に。宗継の事務所に。
——何かが、起こっている。
第3章の始まりです。
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