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期待葬の司祭  作者: 八海クエ
第2章 結びをゆるめ、流す
14/30

第14話 応え続ける人

 その女性は、時間ぴったり。

 事務所に現れた。


 呼び鈴は一度。

 押し方に、迷いがない。


「どうぞ」


 四十代半ばの女性が立っていた。

 服装、鞄、靴。隙がない。


——よく、応えてきた人だ。


「九條さんですね」


「はい」


 女性は自己紹介をしつつ、事務所の中を見渡した。

 置いてある物すべてを、把握しようとする。


 自分と糸でつながった棺で目線が止まる。

 木目が詰まった、硬そうで立派な棺。


「あまり見ないでください」

「危険なので」


 静久が茶を出す。


「どうぞ」


「ありがとうございます」


 宗継が、口を開いた。


「本日は、どのようなご用件で」


 女性は、少しだけ間を置いて


「……捨てたい、というより」


「減らしたいものがあります」


「期待、ですね?」


「はい」


 迷いのなさが、どこか危うい。


「立派な棺です。かなり期待されていますね」


「……周りから、私に向けられているものです」

「昔から、頼まれると断れなくて」


——この棺。まだ、大きくなりそうだ。


「大概の依頼は、全部引き受けてきました」


「はい」


 宗継は淡々と言う。


「あなたの能力です。けれどそれは……」

「自分の逃げ道を塞ぐ能力でもある」


 女性の表情が、わずかに揺れた。


「特に仕事で、誰かが困っていると——」

「私がやった方が早いって、思ってしまうんです」


「効率は、いいかもしれません」


「評価も、されてきました」


 宗継は、棺を見ないまま言う。


「ここにある期待は、誇っていいものだと思います」


 女性は、息を吸った。


「……分かっています」


 女性は、まだ茶に手をつけていない。


「でも。なんだか、苦しいんです」


 宗継は、首をかしげる。


「期待されること自体が、苦しい?」


「いいえ」


 女性は、首を横に振った。


「期待に応える私でいないと……」

「自分の価値がなくなる気がするんです」


 その言葉は、静かだった。


 宗継は、チラと棺を見て


「棺に、依存している……と」


 女性の顔が上がる。


「そうです。それがないと、私は私でなくなる」


 沈黙。


「あなたは、優秀な方です」


 女性の肩がこわばる。


 少しの沈黙。


「……学生の頃、レストランでアルバイトをしてました」


「はい」


「バイト仲間が、他のバイトのことを……」

「『使える』、『使えない』って……」


「はい」


「私は自分が『使えない』って言われるのが……」

「それが怖いだけなんです」


 女性の目に涙が浮かぶ。


「私、優秀なんかじゃ、ありません」


 宗継が、語りかける。


「視点を変えましょう」


 女性は、ゆっくりと瞬きをした。


「……視点」


 宗継は、少しだけ言葉を探した。


「……この棺からは」

「あなた自身の期待が、あまり感じられない」


「私の、期待?」


「あなたは、自分に何を期待しますか?」


 女性は、答えなかった。


 長い沈黙のあと、ぽつりと漏らす。


「……分かりません」


 宗継は、頷いた。


「期待に、あえて応えない時間を作ってください」


 女性は、不安そうに言う。


「その時間、私は何をすれば……?」


「何もしない」


 宗継の声は、柔らかい。


「期待に応える人生は、立派です。ですが——」

「それだけでは、苦しい」


 女性は、ようやく茶に手を伸ばした。

 一口、飲んでから


「……怒られませんか?」


「誰に?」


「周りに」


「怒る人もいるかもしれません」


 宗継は、静かに言う。


「でもその人は、あなたの人生に責任を取りません」


 女性は、しばらく黙っていた。


 やがて、深く息を吐く。


「……難しいですね」


「はい」


 宗継は、否定しない。


「簡単なことなら、誰もここに来ません」


 帰り際。


 女性は、自分の棺の前で立ち止まった。


「本当に、立派……」


「あまり見ないでください」


 女性は、小さく笑った。


「……頑張らない、練習をしてみます」


 事務所の扉が閉まる。


 静久が、ぽつりと言った。


「あの人。何も、変わらないでしょうね」


——それでいい。


「応えない選択肢もある。彼女はそれを知りました」

「それだけで、少し楽になれます」


 茶は、綺麗に飲み干されていた。



お読みいただき、ありがとうございます。

嬉しいです。

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