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「……うぅ。もう面倒くさい男性の話はいいです。……ですが、ハーヴェイ殿下にはちゃんとお礼をしなければと思います」
「そうですね。王家御用達のお店でドレスを仕立ててもらったのですから……」
マルヴィナがそう言うと、ジュリエットも頷いた。
「なにがいいと思いますか?」
アリスにも一応、異性に贈り物をした経験はある。
ランドルやテレンスには剣の手入れに欠かせない道具やグローブ、そしてエイルマーにはタイピンや男性用のブローチなどを贈っていた。
ランドルたちの好みはわかるし、エイルマーは自らほしいものを口にする人だった。
だからこれまで、贈り物で悩んだ経験は皆無だ。
「わたくしだったら……クラバットにするわ。あの水色のドレスとの調和を考えて、それよりも少し濃い色なんてどうかしら?」
「ついでにカフスも!」
マルヴィナ、ジュリエットがそれぞれ意見をくれる。
けれどアリスは大きく首を横に振った。
「そういう品物はダメです。殿下と私の関係は、上官と部下です。そして恐れ多くも殿下にとっては恩人ということになっていて、本当にただそれだけなんですから」
二人は、アリスがあの水色のドレスを着用したときに、ハーヴェイがダンスのパートナーとなる前提で考えているみたいだ。
(殿下は以前、私が望むままに剣を振るう姿が見たいだけで、やましい気持ちはない……と、おっしゃっていたもの)
ハーヴェイは「信奉者」という言葉も使っていた。
そしてアリスのほうも、彼に抱く感情は尊敬と感謝だ。過分な扱いを受けているけれど、アリスがそれを当たり前だと思ってはならない。
「アリスったら、本当につまらない子ね……」
ジュリエットがため息をつく。
「そういうところが好ましいのよ。……そうね……上官への贈り物なら、葉巻やお酒などの嗜好品、もしくは工芸品かしら?」
「お酒がお好きという印象はないので、工芸品がいいかもしれません。……ありがとうございます! 参考になります」
「フフッ、それなら食事が終わってから皆で見て回りましょう? わたくしも、ほしいものがあるの」
ちょうど注文した料理が運ばれてきた。
そこで一度相談は終了となり、アリスたちは食事に集中する。
デザートまでしっかりいただき、店を出てからは買い物をすることになった。
「朱鷲騎士団長の娘であるこの私は、商業地区に誰よりも詳しいという自負があるわ! なんでも聞いてちょうだい」
ジュリエットは胸を張る。
彼女は本当に、商業地区に詳しかった。最初は「朱鷲騎士団長の娘だから」という言葉を鵜呑みにしたアリスだったが、何軒か回っているうちに、そうではないと気づく。
彼女は単純に、買い物が好きなだけなのだ。
(騎士団長のお仕事に、ジュリエットさんが同行しているわけでもないのだから……よく考えたら当たり前よね)
安価な雑貨が中心だけれど、ジュリエットは誰よりも積極的に買い物をしていた。
疲れたらカフェに立ち寄って、互いの戦利品を見せ合い、次の目的地を考える。
アリスはなんだか不思議な気持ちだった。
騎士団に入り、そこで得た仲間と一緒に、未婚の令嬢らしい休日が過ごせるとは予想もしていなかったからだ。
唯一、一般的ではない部分は、時々マルヴィナが道行く令嬢たちから握手を求められることくらいだ。
やはり国への貢献が著しいフロックハート伯爵家の一員で、強く気高い騎士として人気があるマルヴィナは特別な人だった。
(私もいつかあんなふうに……)
人気者になりたいわけではない。
ただ、騎士として認められたいという思いは強くある。
長く、生家から剣術を否定されていたから「騎士アリス・ホールデン」の存在証明がしたいのかもしれない。
(ハーヴェイ殿下が認めてくださっているのだから、それ以上を望むのは大それたことかもしれないけれど……)
ハーヴェイの言葉はアリスに目標を与えてくれる。
だからこそ感謝を込めて、アリスはその後も真剣に贈り物選びをした。
悩んだ末に、有名な工房で作られたティーカップを選ぶ。
カップの内側は紅茶の色がわかりやすい白。外側は濃い瑠璃色で、月や星の模様が描かれている。アリスにとってハーヴェイのイメージが「穏やかな夜」だから、ぴったりに思えたのだ。
アリスはお礼の品、ジュリエットはアクセサリー、マルヴィナは筆記具などを買い込んだ頃には夕暮れの時刻になっていた。
そろそろ帰らなければならない。
行きと同様に、そのあたりで待機してくれていたジュリエットの家の馬車に乗り込み、三人で仲よく帰路につく。
馬車の中では、それまで人の目があるからできなかった騎士団の任務の話になった。
「そろそろ本格的にヴァルシュタイン帝国大使をお迎えする準備が始まるでしょうから、二人ともよろしくお願いします」
「お任せください!!」
ジュリエットは敬愛するマルヴィナに向かって元気よく答えた。
「……はい! 私もせっかく動きやすいドレスを作りましたので、任務をまっとういたします」
アリスも負けじと意気込みを言葉にする。
すると、マルヴィナが二人に優しいまなざしを向けてくれた。
「期待しているわ。アリスさんはもちろん、ジュリエットさんも帝国の方々に接する機会が多いはずですから、頑張ってください」
「え……多いんですか? 私、問題児ですよ……」
「歓迎の責任者である外務大臣はわたくしの父ですし、自然とわたくしたち第三部隊が大使の護衛の中心となりますから」
「わ……わかりました! フロックハート隊の恥とならないように、気をつけます。……それに、まだ反ヴァルシュタイン帝国派の者も宮廷内に潜んでいるみたいですし、警戒が必要ですよね?」
「ええ……結局、実行犯の少年からは有益な情報は得られませんでしたし。そこは残念でしたが、王家の皆様が少年に温情を与えてくださってよかったわ」
「ですが、あの少年は信用できないです!」
急にジュリエットが声を荒らげたので、アリスは驚く。
「ジュリエットさん……それはどうしてですか?」
思わず問いかけていた。
王族に不敬を働いたのだからもっと厳しい処分を受ければよかった、というのならまだわかるが、信用できないとはどういう意味か、いまいちピンとこなかった。
「だって投げ込まれた手紙を、部屋に置いてきたって言うのよ。でも探しても見つからないし。普通、そんなものを残したままにしておくかしら? 燃やすとか、細かく破って川に流すとか……そういう指示が書込まれているのが当たり前なのに。……そうですよね、フロックハート隊長?」
「ええ……処分する指示があった可能性は高いわ」
手紙を少年の部屋に投げ入れた人物の正体はわかっていないが、宮廷で働く者の関与が疑われている。
手紙を回収できていれば、紙やインクの入手経路や筆跡などから、犯人への手がかりを得られた可能性があった。
差出人が知識のある大人なら、その手紙を破棄するように指示するのが自然だ。
「それならジュリエットさん。あの少年は指示に従って手紙を捨てたのに、まだ部屋にあると嘘をついたということでしょうか? なんのために!?」
間違った行動はしたし、王家への悪意はあったけれど、反省した様子も感じ取れていたので、アリスとしては腑に落ちない。
「私たちへの嫌がらせじゃないかしら? 白鹿騎士団長が第二王子殿下である事実は広く知られているわけだし」
「そんな……」
無駄な手間をかけさせることが、王族への嫌がらせだったというジュリエットの説を否定できる根拠を、アリスは持っていない。
ジュリエットたち第三部隊は少年の供述を受けて、長時間の捜索をした。
言葉どおりの場所に手紙がなかったのだから、ジュリエットの意見が正しいのかもしれない。
「まっすぐなところはアリスの長所だけれど、騎士なんだから他人を疑うことも覚えなさいよ……。そんなんじゃ、いつか傷つくわよ」
今のは、アリスを気にかけてくれている言葉だ。
「ジュリエットさん……ありがとうございます……」
ジュリエットはプイッと顔を背けてしまう。
照れているのだとわかるから、アリスはそれ以上なにも言わずに、暗くなりはじめた街並みを一緒に眺めるのだった。




