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アリスは真剣に答えを考え、言葉を選んでいた。
騎士の任務と無関係ではないから、ヴァルシュタイン帝国については教わってきたけれど、自分がどうしたいか、どう思っているかを問われたのは初めてだ。
だから、スラスラと言葉が出てこない。
それでも幼いパトリシアの前だからこそ、正直でいたいと思った。
「……私の周囲には強い人たちがたくさんいます。その方々にあこがれて、誰かを守れる存在になりたいと考えるようになりました。漠然としていて、騎士になるまではヴァルシュタイン帝国との関係について考えたことはありませんでした」
「そうなのね……」
「正直に申し上げますと、戦で家族を失った者が和平を望まないというその思いは……理解できます。……そして、彼らは国を愛する気持ちを持っていて、それだけでは反逆者とは言い難い……敵になってほしくない人々です」
王家の方針に反発している者は、本来の敵ではないとアリスは思う。
チラリとハーヴェイのほうに視線を動かした。
彼が、捕らえられた少年に温情を与えようとしている理由の一つが、そういう部分だと予想できる。
「ですが……私は、嫌いな者を倒すために新しい戦を起こす行為には賛同できません。……騎士のお仕事は、まず事件が起こらないように努めることだと思うんです。だから、戦いを避けることが臆病だとは思いません」
現実問題として、和平以外の解決方法はどちらか一方による支配だ。
長年争い、それでも決着がつかない二国間の戦いがそう簡単に終わるはずがない。
この先何十年憎しみ合いを続けても、決着にはほど遠い。
いつかは歩み寄らなければならないとして、それが今だというのならむしろ誇れる気がした。
「わたくしは……ヴァルシュタイン帝国の皇太子殿下に、一度だけお目にかかったの。……それでね、殿下は一緒に頑張ろうって言ってくださったの……きっとアルヴェリアの国民も、喜んでくれるって……そう思っていたのに……うぅ、うっ!」
パトリシアの瞳から急に涙が溢れだした。
そしてアリスに抱きついて、声を上げて泣いている。
「パトリシア王女殿下……」
実際には大多数の国民が歓迎しているはずだ。
それをわかっていても、鳥の死骸や手紙、そして今日の襲撃で、彼女の心は傷ついてしまった。
たとえ一部であっても、批判的な言葉は人の心に刺さるのだ。
パトリシアにとってアリスは、兄から聞かされた物語に出てくる「理想の騎士」だ。
彼女が思うアリスは、ハーヴェイの誇張により作られた偶像である気がした。だからこそなおのこと、アリスはパトリシアの理想を演じなければならない。
「殿下はとってもえらいです。……私は、パトリシア殿下にお仕えできて、本当に嬉しいです。苦しいときは、私やお兄様方を頼っていいんですよ……」
「う、うん……っ!」
それからしばらく、パトリシアは八歳の子供らしい言葉で、嫌だったことや怖かったことを語った。
ヒクヒクと泣き続け、突然静かになったと思ったら、アリスにしがみついたまま寝息を立てはじめた。
「眠ってしまいましたね?」
「寝室に運ぼうか? 君も疲れているだろうから、帰宅してくれてかまわない」
ハーヴェイが立ち上がり、アリスが座るソファの横までやってきた。
「いいえ……目が覚めたときに、そばにいた人がいなかったら、寂しく感じるでしょう? お昼寝のあいだはお付き合いしますよ」
パトリシアを起こさないように、小声での会話だ。
「……本当に、君は……優しいんだね……」
「そうでしょうか? 普通ですよ」
「では、私もしばらくここにいよう」
さすがに足が痺れてしまうので、ハーヴェイの協力を得ながらパトリシアだけをソファに寝かせ、アリスは向かいの席に移動した。
二人でパトリシアの可愛らしい寝顔を観察しながら、紅茶のお代わりと皿に残っているお菓子をいただく。
「王女殿下の可愛いお顔を拝見しながら、第二王子殿下とお茶の時間を過ごすなんて、とっても贅沢ですね」
「そう言ってもらえると気が楽になる。……パトリシアは元気そうに見えて、本当は気を張っていたのだろう。……妹にこんな負担を強いていることが、情けない……いっそ私が嫁に行ければよかったのに……」
ハーヴェイはアリスの知り合いの中でも一、二を争う真面目な人間だ。
けれど、たまに真顔で変な発言をする。
そういうときは、聞かなかったことにするのがよいのだろう。
「でもパトリシア王女殿下は、皇太子殿下のことをお嫌いではないようですよ」
「まだ八歳だから、これからどうなるのかわからないけれど、それだけが唯一の救いだよ」
パトリシアを見つめるハーヴェイの表情はとても柔らかい。
その横顔をチラチラと眺めているだけで、アリスまで穏やかな気持ちになれる。
しばらく妹の寝顔を観察していたハーヴェイがわずかに座る角度を変えて、真剣な顔をしアリスを見据えた。
「アリス殿、一つ頼まれてくれないか?」
「なんなりと」
「帝国の大使訪問の予定は聞いているだろう?」
「もちろんでございます」
「パトリシアも、昼間の行事には参加する予定なんだ。……そこで君には、騎士ではなく王女に仕える侍女としてパトリシアのそばにひかえていてほしいんだ」
「かしこまりました」
アリスはためらわずに頷く。
ハーヴェイの意図はわかるつもりだった。
帯剣した騎士の随行が許されない場面でも、侍女ならばそばに残ることが許される。
貴人の側仕えに、ある程度武術の心得のある者を配置するのはよくあることだ。
「ですが……いざというときに体術勝負となるのだとしたら、フロックハート隊長のほうが適任な気がしますが……?」
アリスが所属する第一部隊と、ジュリエットが所属する第三部隊は新人団員を受け入れているという事情から、よく合同の訓練を行う。
そのためアリスは時々、マルヴィナからも剣術や体術の指導を受けている。
剣術ならばそれなりに張り合えるけれど、体術だとかなりの差がある気がしていた。
「君が騎士である事実をあちらに隠す必要はないけれど、フロックハート隊長は帝国側でも有名だからね? さすがに隊長クラスの人間を置くわけにはいかない。……それに侍女としての君を戦わせるつもりはないよ。パトリシアを安心させてやってくれ」
「そういうことでしたら、お任せください!」
名のある騎士ではなく、準騎士くらいが相手に威圧感を与えず、ちょうどいいのだろう。
アリスはその人選に納得したのだった。
「昼の正装としてふさわしいドレスは持っているよね?」
「もちろんでございます。仮にも少し前まで伯爵令嬢でしたから」
そこまで言ってから、アリスはハッとなる。
確かに昼間の行事にふさわしいドレスはいくつも持っているのだが、一つだけ問題があった。
(ど、どうしましょう……? 元婚約者が贈ってくれたドレスとか、元婚約者と一緒に選んだドレスとか……そういう負の歴史を背負ったドレスしかないわ……)
しかも、侯爵であるエイルマーは、アルヴェリア貴族として、大使歓迎の催し物に参加する可能性が高い。鉢合わせしたら大変気まずい。
「アリス殿?」
「はい……どうなさいましたか?」
「なにか様子が変だ」
じっと見つめられると、さらに動揺してしまう。
ドレスを持っていないのなら、素直に告げて任務として用意してもらうべきだが、手持ちのドレスを着たくないというのは、単なるわがままだ。
ハーヴェイに相談したら解決してしまいそうなので、恐ろしい。
「だ、大丈夫です! お任せください」
アリスはごまかしつつ紅茶を飲み干して、パトリシアが目覚めるのを待つのだった。




