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ハーヴェイの話は続く。
「それから、一部の者にしか伝えていなかったが、三ヶ月ほど前にパトリシアの私室に鳥の死骸と抗議の手紙が投げ込まれたことがあった。……そちらの犯人は下級の女官で、すでに宮廷から追い出している。まだ、似たような考えを持つ者を排除しきれていなかったようだ」
ハーヴェイは苦しそうだ。幼い妹を持つ兄ならば、それも当然だった。
パトリシアが鳥の死骸を見つけたとき、そして今日襲撃に遭っていることを知ったとき、どれほど恐ろしかったのだろうか。
それを考えるとアリスも胸が痛くなる。
(そういう出来事があったから、信頼できる女性騎士を増やしたかったのね? でも……改めて範囲を絞ると、私たちも容疑者になってしまう……)
情報が漏れている予想はしていたが、アリスが考えていた以上に深刻だった。
パトリシアの同行を知っていたのは、側仕えの女官たちや一部の文官、そして白鹿騎士団員となる。
今のところ、少年の供述と彼の家にあるという手紙くらいしか手がかりがない。
だからこの日の会議は、裏切り者の特定が急がれるという方向性だけを定め、ひとまず終わったのだった。
アリスは立ち上がり、今日これからの予定についてヒュームの指示を仰ごうとしたのだが……。
「アリス……」
「パトリシア王女殿下……! どうなさったのですか?」
会議が終わったのを見計らっていたらしいパトリシアが、ためらいがちに入室してきた。
そばには女官と第二部隊所属の騎士が付き添っている。
アリスは慌てて王女の元へ駆け寄った。
さすがにフードをかぶったままでは失礼だから、下ろしてから敬礼をする。
「あのね……。あなたが、犯人を捕まえてくれたのでしょう? だから、お礼を言いたくて……」
「恐れ入ります。騎士として、とても名誉なことと存じます」
本当は、たまたまアリスが襲撃者の近くにいたから対応しただけだ。
だからアリスだけが褒められるのはおかしいけれど、主人からの感謝は素直に受け取ったほうがいい気がした。
「そんな堅い言葉は嫌……」
わずかに頬を膨らませたパトリシアの表情に、アリスは胸を打ち抜かれる。
動悸とめまいが始まってしまう。
(可愛い……可愛すぎる……っ!)
この場に残る騎士たちの口元が緩んでいる。
パトリシアは幼くても、王族としての責任を果たそうとする努力家の王女だ。そのため普段は、努めて大人のように振る舞っている印象だった。
けれども油断すると年相応の甘えん坊になってしまう。
その姿がいじらしくて、皆を魅了するのだった。
「では……王女殿下に褒められると、とっても嬉しくて、やる気が出ます!」
アリスは身を屈めて、自分らしい言葉で喜びを伝えた。
これまでパトリシアのそばで護衛をしたことは何度かあったけれど、彼女がこんなふうに素を晒して話しかけてくることはなかった。
懐かれるほどのことはしていないため、アリスの中には困惑する気持ちもある。
パトリシアが急に王女ではなく年相応の態度を取りはじめたのは、今日の出来事に対する不安があるせいかもしれない。
「そうなのね……。あの……っ、わたくし……ええっと、ね……」
顔を赤らめモジモジとするパトリシアは、抱きしめたくなるほど可愛い。
なにかほかにも話がありそうだけれど、なかなか言い出せないという様子だ。
「パトリシア」
ハーヴェイが声をかけてきた。
するとパトリシアはハッとなり、慌てだす。
「あっ! そうでした……。騎士様のお仕事の邪魔をしてしまって、ごめんなさい」
ハーヴェイは、そんな妹の前に膝をついてほほえんだ。
「ホールデン準騎士ともっとお話がしたいのだろう? それならば、お茶に誘ったらどうだろうか?」
「よろしいのですか!?」
「あぁ、今日は大変だったから、彼女には早めに上がってもらおうと思っていたんだ」
ハーヴェイがアリスのほうへ視線を送ってくる。
これは、パトリシアの希望を叶えるように――という意味だった。
直属の上官であるヒュームも、パトリシアの死角になる位置から「了承」のハンドサインを送ってくる。
「アリス……わたくしのお部屋に来てくれる?」
「もちろんです、パトリシア王女殿下」
上官の許可があるのなら、アリスには断る理由など一つもない。
おそらく幼い王女の希望を叶えることを、今日だけは優先するべきなのだ。
アリスがパトリシアを慰めることができるかどうかはわからないけれど、話くらいは聞いてあげられる。
アリスが即答すると、パトリシアの表情がパッと明るくなった。
「で、では……ハーヴェイお兄様もご一緒できますか?」
「はっ? え……!? 私も……?」
これまで臨機応変に対応する素晴らしい騎士団長であり、理想の兄だったハーヴェイが急に慌てだす。
「ダメ……ですか?」
「そんなわけがない……ただ、急なことで驚いて……心の準備が……」
胸のあたりを押さえ、心を落ち着かせようとしているみたいだった。
妹とお茶を楽しむことに心の準備などいらないだろう。
つまりハーヴェイがためらう理由は、アリスだ。
「……ハーヴェイお兄様、なにをおっしゃっているの? アリスはお兄様の部下でしょう?」
「私は公私の区別をつけている人間なんだ!」
「アリス……誤解しないでくださいね? お兄様はちょっぴり恥ずかしがり屋さんで、悪気はないのです」
「もちろん、誤解などしておりませんわ。ハーヴェイ殿下はアルヴェリア一の紳士でいらっしゃいますもの」
紳士だからこそ、二人きりではないとしても、女性と同じテーブルを囲んでお茶の時間を楽しむことに、多少の抵抗感があるのだろう。
エイルマーと縁を切ったり、騎士団への入団を後押ししてくれたりというこれまでの親切があるから、自分が嫌われているかもしれないなんていう誤解をするわけがなかった。
そう――「ハーヴェイ殿下は紳士だから」ですべて説明がつくのだ。
すると突然、後方からあからさまなため息が聞こえた。
振り向くとそこにはランドルがいて、アリスの肩にポンと手を置いてくる。
「……話が噛み合っていないし、おまえたち……ものすごく面倒だから、そろそろ出ていってくれ」
背中がグイグイと押されて、会議室から追い出されてしまう。
こうしてアリスは、パトリシアに招かれて、ティータイムを楽しむことになったのだ。
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