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入隊から一ヶ月。みっちりしごかれた三人には、王族への挨拶の機会が与えられた。
アルヴェリア国王は現在四十七歳。国に恒久的な平和をもたらすために力を尽くしている、立派な国王だ。
栗色の髪の国王は温和な印象だけれど、ただ優しいだけではなく、為政者としての独特な気配をまとっている。
他者に畏怖の念を抱かせるような、そんな様子だ。
王妃は四十三歳で、ハーヴェイやパトリシアに似た雰囲気がある、美しい人だった。
そしてもう一人、ハーヴェイの二歳上の王太子ローレンス。
彼は、どちらかといえば父親である国王似で、知的で柔らかい笑みを浮かべる青年だった。
王家の五人が揃うと、その存在感に圧倒されそうになる。
四年前に国王夫妻と王太子から労いの言葉をもらっていたため、アリスは全員と面識があった。
もしそうでなかったら、気が動転してまともに挨拶ができなかったかもしれない。
以降、アリスは第一部隊が王族の護衛を担当するときに、パトリシア付きとなる機会が増えていった。
第三部隊のジュリエットにも、同じような割り振りがされているらしい。
アリスとジュリエットは共に、女性の王族を守るための騎士として期待されているのだ。
この日は、王妃とパトリシアが慰問のために都の郊外にある孤児院を訪れる予定で、第一部隊員十一名がそれを護衛することとなった。
あえて地味な馬車に乗っているのは王妃とパトリシア、そしてお付きの女官二人の合計四人だ。
アリスたち騎士は制服の上に地味なマントを羽織り、王族の馬車であることを主張しないように気を使っている。
慰問に豪華な馬車はそぐわないし、警備上の都合でも今回は王族が乗っていることをアピールしないほうがいいというのが、隊長であるヒュームの判断だった。
訪問予定も最低限の関係者にしか知らされていない。
それでも護衛の多さや馬車の頑丈さから、どこかの貴人が乗っている予想だけはつくだろう。
目的の孤児院は王都のはずれにある。
ひしめき合うように建物が並び、石畳の舗装がされているのは都の中心部だけだ。
そこから土埃が舞う、少しでこぼことした道に入る。
その頃には建物が建つ感覚が広くなり、緑が増えていく。
小さな雑木林や畑なども見えてきた。
アリスとブラッドリー。騎乗した準騎士二人の役割は、一行の先頭で不審な人物やものがないかを警戒することだ。
「都の中心部より人が少ないから、不審者を見つけやすいかもしれないわ」
都の大通りを移動している最中は、全神経を尖らせているような状態だった。
なにせ多くの馬車や人々が行き交うのだ。
そんな中で不審者を見つけろと言われても、アリスにはすべてが怪しく見えたし、すべてが日常にも見えて、どこに警戒すればいいのかわからなかった。
(きっと、ヒューム隊長は、観察眼を養わせるために私たちを先頭にしているんでしょうね……)
馬車に近い場所に配置されているのは、頼れる正騎士だ。
仮にアリスたちが不審者を見逃しても、王族に危険が及ばないように配慮されている。
アリスたちはまだ戦力外で、間違いが許されているのはわかるけれど、だからといって失敗はしたくなかった。
そう考えてずっと気を張っていたため、少々疲れを覚えはじめている。
「だけど油断しないようにね。……ほら、林の中なんかは、隠れやすいし逃げやすいから」
ブラッドリーからの忠告だった。疲れが出て、集中力が切れはじめた頃が一番危険なのは確かだ。
「うん、気をつけるわ」
アリスは馬上で大きく深呼吸をして、もう一度感覚を研ぎ澄ます。
だんだんと道が上り坂になっていく。
自然と馬車の移動速度は落ちた。背後の様子も気にしながら、アリスたちは馬車に合わせて馬の速度も落としていった。
「……あれは?」
前方の木の陰に人の気配がした。
アリスと同時に、ブラッドリーも気づいたみたいだ。
目で合図を送り、アリスが騎乗したまま速度を上げ、その人影を確認しに行くこととなった。
アリスがあえて隊列を崩したことで、後方の騎士たちも警戒を強めてくれるはずだ。
近づくと、その人物はとくに隠れる様子もなく、アリスの前に姿を見せた。
(子供……?)
隠れていたのは十代中頃と思われる庶民の少年だった。
バスケットを持って、一人ぽつんと立っている。
(おつかいの途中かしら……?)
子供だったら、例えば小動物を見つけたとか、木の実を拾うなどの目的で、道を逸れ林に入ることもあるだろう。
(隠れていたように見えたのは、勘違いだったかも)
この道は立ち入り禁止にしているわけではないから、人が歩いているだけならば問題ない。
そう考えて声をかける。
「これから馬車と馬が通過します。……安全のため、少しのあいだ、そこで待っていてくれるかしら?」
興味本位で近づいた少年が、馬に蹴られたら一大事だ。
相手より高い位置にいるため、威圧感を与えないように注意しながら、アリスはそう呼びかけた。
「……」
無言の少年は、バスケットから丸い物体を取り出す。
そうして近づいていた馬車目がけて、投げる素振りをした。
「なにを!?」
アリスは馬を操り、馬車とのあいだに身を進め、壁となる。
アリスのマントに直撃したその物体は、大した衝撃もなく崩れ、地面に落ちた。
「これ……卵……? どうして……?」
しかも腐りかけのようで、異臭が漂ってきた。
「王妃と王女が乗ってんだろ!? ヴァルシュタイン帝国に国を売る、腰抜けの王族が!!」
少年はそう言って、雑木林の奥へと逃げる。
「待ちなさいっ!」
アリスは馬から下り、少年を追いかけた。
すぐに事態を察したヒュームの声が響く。
「あちらは、私とラドクリフで対応する。残りの者は馬車周辺を警戒しろ」
林の中を全力で走るのは恐ろしい。
けれど、騎士として王家に仇なす者を取り逃がすわけにはいかない。
女性であってもアリスは、毎日の厳しい訓練を耐え抜く騎士だ。剣術だけではなく走り込みなどの運動能力だってここ一ヶ月で随分と向上している。
根性で追いかけ続けると、少年の逃走速度が落ちていく。
最後は木の根につまずき、前のめりに転んだ。
「もう逃げられません!」
アリスは少年の背中に乗っかり、両腕を取って押さえ込んだ。
「確保しました!」
叫びながら、拘束を続け、応援を待つ。
ヒュームとブラッドリーは、すぐに駆けつけてくれた。
「よし、よくやった。確保は私が引き継ぐ。……ラドクリフ、凶器の有無を確認しろ」
「了解しました」
押さえ込む役割をヒュームが代わってくれた。
ブラッドリーは命令を受けて、バスケットの中や少年の服のポケットなどを確認していく。
「卵のみです……ヒューム隊長」
そのあいだ、アリスは携帯している縄で少年の手首を縛った。
縄抜けをさせないために、決まった方法できつく結ばなければならない。
「放せ! この野郎! 王家の犬め……っ!」
「おい、小僧。なんでこんな真似をしたんだ。……王族の方々に危害を加えたら、死刑となる可能性もあるんだぞ!!」
実際には凶器を持っていなかったのだから、死刑はないはずだけれど、王族への暴言はそれだけで罪となる。
ヒュームはあえて、事の重大さを教えるために強く言ったのだろう。
「死刑……べつにいいよ! 父さんは五年前に死んじゃったしっ、母さんは男を作ってどっかに行っちゃったし! おばさんたちだって俺がいなければ楽になるって言ってるし……そんなの覚悟の上だ」
(五年前? じゃあ、この子のお父様は戦争で……)
そうなると、犯行動機は明らかだ。
アルヴェリアが、ヴァルシュタイン帝国と友好関係を結んだことに反発したのだろう。
「暗殺目的ではなく……抗議の意図……ということでしょうか?」
アリスは思わずヒュームにたずねていた。
「それでも罪は罪だ……」
事前に二国間の敵対の歴史や、白鹿騎士団員の心構えは教えられてきたはずだった。
それでも、王家の政策に反対し、実際に行動を起こした者が少年だったという事実がアリスに衝撃を与える。
アリスはおそらく、少年に同情しているのだ。
けれどそこでハッとなった。
これは気に入らない相手にたまたま出会ったから、嫌がらせをした――という類の騒動ではないはずだ。
「ヒューム隊長! 先ほどこの少年が、王妃陛下と王女殿下が乗った馬車だと言っていました! 彼はどうやって、その情報を得たのでしょうか?」
完全に騎士の制服を隠していたわけではないから、知識があれば馬車の護衛が白鹿騎士団員であることだけは、わかったかもしれない。
けれど、少年は明らかに待ち伏せをしていた。
腐った卵をたまたま持っていたとは思えない。
なにより、一部の者しか知らないはずの情報を、ぴたりと言い当てたのはあまりにも不自然すぎる。
平民の少年が知るはずのない情報を得ていたとしたら、それは……。
「今日の慰問は中止だ……都に戻る」
真剣な顔をしたヒュームが、静かにそう告げた。




