3-5
アリスは咄嗟に、パトリシアの前に出る。
狙われている可能性が高いのは、この王女だ。
ジュリエットとブラッドリーが矢に気づき、警戒を始めた。
「北側の植え込み……楓の木の上です!!」
アリスが二人に向けて叫ぶと、ジュリエットがすぐさま駆けだす。
ジュリエットが楓の木に近づくのと同時に、黒い人影が下りてくる。
暗い色のフード付きマントを着込んだ、怪しい人物だった。
弓を担ぎ、槍のようなものを持ったその侵入者と、ジュリエットが対峙した。
まもなく戦闘が始まる。
けれど、相手は相当の手練れだった。
ジュリエットが一瞬にして吹っ飛ばされてしまう。
傷は浅いのか、ジュリエットはすぐに立ち上がり、再び侵入者に挑もうとしていた。
(ダメ……動けない!)
加勢したくとも、アリスにはできない。
アリスの背後にはパトリシアがいる。
侵入者が一人とは限らないから、アリスは彼女の盾のままでいなければならないのだ。
もっと動ける人員がいれば――そう考えて、違和感を覚える。
ここにはたくさんの騎士がいた。
「あ……あれ? どうして、皆さん……動かないんですか……?」
疑問が声になっていた。
すると肩にポンッと手が置かれる。
アリスの横にはハーヴェイが立っていて、ばつの悪そうな顔をしていた。
「ごめん……アリス殿。これも試験なんだ……」
「え?」
敵と対峙していたジュリエットが、仰向けに倒れる。
そして木剣を持ったまま、ジタバタと手足を動かした。
「胴を突かれて、無事でいられるわけないじゃん!! これ考えた奴、バーカ! バーカ……センス最悪ぅぅ!」
ジュリエットが駄々っ子になってしまった。
それでようやく、アリスも状況が把握できたのだった。
侵入者と思われた敵の持っている武器には刃がない。
ジュリエットの防具を的確に狙ったから、怪我もなかった。
それで彼女は、侵入者の殺意の有無を知ったのだ。
「つまり……緊急事態となったときに、私たちがどう動くかを確認するための試験、ですか?」
アリスはハーヴェイに問いかけた。
「そう。内容は毎回異なるのだが……センスが悪くて、馬鹿で……悪かったね……」
(ジュリエットさん!! 言い方……っ!)
それでもハーヴェイは、ジュリエットを直接たしなめないのだから、寛容な人なのだろう。
やがて、フード付きマントの人物が、ジュリエットに手を差し出す。
ジュリエットは大変不満そうにしながら、その人の手を借りて立ち上がった。
フードを取り払った人物は、癖のある茶色の髪をした麗しい女性だ。
「……フッ、フロックハート隊長!!」
「驚かせてしまってごめんなさいね、ノックスさん」
ジュリエットの姿勢が急によくなった。
フード付きのマントで侵入者の役割をしていた人物こそ、白鹿騎士団でハーヴェイに次ぐ有名人――マルヴィナ・フロックハートだった。
二十四歳の伯爵令嬢でありながら、率先して剣を携え、この国を守護するために戦う現役では最強の女性だ。
「いいえ、そんな……っ! とても驚きましたが、謝罪の必要などございませんわ。すべては……フロックハート隊長が私に課してくださった試練だと心得ます! お手合わせ、ありがとうございました」
先ほどまで敬語が怪しかったジュリエットが、ハキハキとした理想的な令嬢になってしまった。
アリスもマルヴィナへの憧れを持っているのだが、ここまでではない。
ジュリエットの変わりように、アリスは若干戸惑ってしまう。
王子であり団長でもあるハーヴェイを差し置いて、隊長のマルヴィナに対して最上級の敬意を払うのは、いかがなものか。
(それにしても、フロックハート隊長……とても強かったわ……)
麗しい外見をした彼女のどこに、そんな力が隠されているのかわからない。
戦い方は優雅だ。ハーヴェイは、アリスのことを彼女に匹敵する力を秘めていると評価してくれていたが、実際のところ差がありそうだった。
「……いろいろと、言いたいことはあるけれど、とりあえず入隊試験はこれで終わりだ。三人ともよく頑張った」
ハーヴェイのその言葉で、アリスたちの試験は無事に終わったのだった。
◇ ◇ ◇
三人には、しばしの休憩が与えられた。
その後、小さな会議室に移動する。
正面の壁に白鹿騎士団の旗が掲げられている部屋だ。
それを背にする位置に長い机が置かれていた。
中央にハーヴェイが座り、隣にパトリシアがちょこんと腰を下ろしている。
副団長ティンダルと、候補者三名は立ったままだ。
ついに、合否が告げられるときがやってきた。
「まず、ブラッドリー・ラドクリフ。剣技はすばらしい。弱点も自分でわかっているだろう。……後半の試験、早々に真相を見抜いて参加しなかったのは……ちょっと冷めすぎだが、合格とする」
「はい。これからは白鹿騎士団の一員としてさらなる努力を続けて参ります」
「よろしい」
彼は正騎士たちが誰一人として動かなかったから、早々に侵入者が偽者であることを見抜いたのだ。
ハーヴェイは「冷めすぎ」だと言ったけれど、真実を見抜いての行動ならば、最も冷静だったのは彼だ。
「ジュリエット・ノックス。後半の試験で見せた勇敢さや判断の速さ、そして勝ちへの執念は評価できる。……合格とする……が! 口の悪さと騎士らしくない態度を直しなさい。本当に、本当に……改めないと、クビにするぞ。……個性が捨てがたいから、ギリギリの合格であることを理解するように!!」
「はい、頑張ります!」
ハーヴェイは本気でジュリエットを扱いかねている様子だ。
「まぁ……フロックハート隊長に面倒を見させれば、まともになるかな……?」
団長であるハーヴェイの斜め後方に立っているティンダルが小声でつぶやく。
するとジュリエットがその言葉を聞き逃さず、目を輝かせていた。これでほぼ、フロックハート隊への配属が決まったようなものだ。
残るはアリス一人だった。
「アリス・ホールデン。君は剣技も、判断力も申し分ない。とくに後半の試験では、誰よりも早く状況を理解し、ノックスたちへの指示を出していた。優先順位を間違えず、パトリシアの盾になり続けたのも正解だ。もちろん合格とする」
「光栄です。……そしてもっと、精進いたします」
特に指摘はされず褒められたけれど、アリスとしてはあまり嬉しくなかった。
同期に二敗してしまったし、二人に比べ圧倒的に個性が足りない。
そこそこ優等生のいい子だと言われている気分だ。
職務中だからかもしれないけれど、ハーヴェイからは相変わらず感情が読み取れない。
それがなんだか不安だった。
けれども、合格は合格だ。
足りない部分はこれから努力で補う決意をして、今は胸を張る。
「正式な入隊は一週間後だ。それまでに制服の支給など、色々な手続きがある。各自、副団長から封筒を受け取ってから帰宅するように。……本日は解散!」
「はい!」
アリスたち三人は、ハーヴェイを真似て初めての敬礼をした。
そしてブラッドリー、ジュリエット、アリスの順番で封筒を受け取り、会議室から退室しようとしたのだが……。
「アリス殿は少し残ってくれ」
廊下に出る直前、ハーヴェイに呼び止められた。
「は、はい!」
相変わらず、ハーヴェイの考えがよくわからない。
アリスは不安を抱えたまま、とりあえずその場に留まった。
「……お説教かもね?」
ジュリエットが肘で軽く小突きながら、ニヤニヤと笑っている。
するとブラッドリーがため息をついた。
「説教されるとしたら、君だろう? ノックス……」
「なによ! そんなことないわ」
言い争いをしながら、二人は出ていってしまう。
「ティンダル副団長。……パトリシアのことを頼めるか?」
「了解しました」
「では、アリス殿はこちらへ」
ハーヴェイが立ち上がり、扉のほうへ向かう。
アリスは落ち着かない心情のまま、ティンダルとパトリシアに敬礼をして、退室した。
そこから、出口とは反対側に進むハーヴェイの背中を追いかけたのだった。




