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迎えた試験当日。
アリスは、動きやすい男装姿で宮廷内にある白鹿騎士団本部を訪れた。
ここには専用の訓練場まである。
試験のためだろうか。現在、訓練を行っている騎士の姿はない。
けれど、宮廷内の警備や護衛に就いていない騎士のほとんどがこの場に集まっているとのことだった。
そして、白い制服をまとい整列している騎士たちの視線は、なぜかアリスに集中している。
(ものすごい視線を感じるわ。……古参の方は四年前の事件をご存じでしょうし、ハーヴェイ殿下が推薦人だから、それも仕方がないのかもしれないけれど、落ち着かない……)
候補者は聞いていたとおり三人だった。
一人は肩のあたりで揃えた赤髪を持つ可愛らしい令嬢で、年齢はアリスと同じくらいに見える人物だ。
もう一人は長い銀髪にアイスブルーの瞳をした、おそろしく容姿の整った青年だった。
(確か……赤髪の子は、ジュリエット・ノックス男爵令嬢。銀髪の綺麗な人は……ブラッドリー・ラドクリフ公爵子息……だったはず……)
会話する機会はなかったが、社交界で見かける顔だったため、名前は知っている。
二人とも十九歳で、アリスより一つ上だ。
ノックス男爵家はホールデン子爵家と同じく、多くの騎士を輩出している家系である。
(ライバル関係にあるから、テレンスお父様とノックス男爵は不仲だって聞いたことがあるわ)
そしてラドクリフ公爵家は、王家とも親戚関係にある名家中の名家だ。
国王の妹にあたる王女が、公爵家に降嫁している。
つまり、ブラッドリー・ラドクリフは、ハーヴェイのいとこだった。
ブラッドリーは三男で、家を継ぐ可能性がほぼないから、白鹿騎士団へ入るつもりなのだろう。
(ラドクリフ公爵子息は、社交界で一番人気の青年……って言われている方よね?)
冷たい印象の貴公子は、同世代の令嬢たちから大人気なのである。
アリスには婚約者がいたので、あまり興味がなかったが、確かに騒がれて当然の容姿をしていた。
しばらく待っていると、三人の人物が姿を見せて、アリスたちを正面に見据えるかたちで立ち止まった。
一人は騎士団長であるハーヴェイ。もう一人は四年前にも顔を合わせている副団長、そしてハーヴェイに手を引かれている可愛らしい黒髪の少女は……。
(今日は、パトリシア王女殿下もいらっしゃるのね?)
兄と同じ髪と瞳を持つ、ツンと澄ました印象の少女こそが、王家の末っ子パトリシア王女だ。
「三人とも、よく来てくれた。私は白鹿騎士団長ハーヴェイ・イライアス・アルヴェリアだ。それから……」
「第一王女パトリシアですわ。……あなた方が試験に合格し、立派な騎士になられりゅ……っ! ……なられる日を、楽しみにしております」
真っ赤になりながらも、どうにか言い切る姿がとにかく可愛らしい。
騎士の何人かは口元を緩めていた。
アリスも釣られて笑ってしまいそうになったが、これから試験に挑む立場なので、どうにかこらえる。
(それにしても、こんなに小さな方が重責を背負っていらっしゃるなんて……)
アリスもかなり早いうちに婚約者が定まっていたほうではあるのだが、少なくとも当時は互いの関係が良好だったからこそ結ばれたものだ。
パトリシアは幼くして、ヴァルシュタイン帝国の皇太子と政略結婚が決まっている。
友好国ならばまだいいが、これまで幾度となく戦ってきた国に嫁ぐのだ。
その重責は計り知れない。
パトリシアに続き、最年長の騎士が一歩前に歩み出る。
その人は、黒髪に上品なあご髭を生やした四十代中頃の騎士だった。彼とは四年前にも顔を合わせている。
「副団長のマイルズ・ティンダルだ。候補者である君たちの健闘を祈る。……ちなみに、もう一人の副団長ランドル・ホールデンは、宮廷の警備の任に就いているため、今回の試験には立ち会わないこととする」
団長と二人の副団長――トップの三人全員が試験に立ち会うという訳にはいかないらしく、ランドルは不在だった。
挨拶が終わると、副団長ティンダルから試験についての説明があった。
「宮廷での勤務が中心となる特性上、白鹿騎士団の団員には、それに相応しい振る舞いと教養が必須となる。しかしながら、この部分は推薦人が見定め、一定の基準を超えていると判断しているため、改めての確認は行われない。……よって試験内容は、模擬戦闘形式の剣術勝負となる」
ティンダルに続き、ハーヴェイが補足をする。
「あらかじめ宣言しておくが、この試験は候補者を比較し、ふるい落とすためのものではない。そこをはき違えないように」
「はい!」
アリスたち候補者三人は元気よく返事をした。
(実力があれば三人とも合格するし、未熟なら全員が落ちる……。そういう意味よね?)
けれど負けていいとは思えない。
ランドルからも、推薦してくれたハーヴェイに恥をかかせないようにときつく言われている。第一アリスは、負けず嫌いだ。
それから候補者三人は、訓練場の片隅で防具を着用することになった。
アリスが胸当てを装着していたところで、同じベンチを使っていたジュリエットからの視線を感じた。
「ホールデン副団長が不在でよかったわ。……身内だからって、贔屓されたら困るもの」
「贔屓ですか? ホールデン副団長は、身内にこそ厳しいので、そのようなことはないと思います」
アリスはムッとしてしまった。
ランドルは情に厚い人だけれど、公私混同はしない。
「本当かしら? まぁ、それならよいのだけれど」
アリスより少し背が低く、目がくりくりとしていて可愛らしいのに、ジュリエットは毒舌だった。
やはり、二家の仲が悪いというのは本当らしい。
(失礼な子!)
すると今度は、支度を終えたブラッドリーが、アリスたちのそばまでやってきた。
「……どうかな? ホールデン子爵令嬢の推薦人は、ハーヴェイ殿下だと聞いた。殿下が手心を加える可能性はあると思うよ」
とくに恨まれる要素のないブラッドリーにまでにらまれてしまう。
けれど、今度は言い返せなかった。
(どうしましょう……? そ……それは、ちょっと……否定できないわ……!)
残念ながらアリスには、ハーヴェイが公明正大な人物には見えていない。
「こら、ブラッドリー」
急にハーヴェイの声がした。
いつの間にかブラッドリーの背後に立っていて、彼の長い髪をわしゃわしゃと撫ではじめた。
ハーヴェイのせいで、完璧に整っていたブラッドリーの髪が乱れてしまった。
「それを言うなら、君だって公爵と王太子の推薦をもらってこの場にいるんだ。私とも親しいのだから大差ないだろう?」
「僕が、ハーヴェイ殿下に贔屓される想像なんて……まったくできませんが?」
「当たり前だ。私はこれでも騎士団長なのだから、試験に関しては贔屓なんてしない。君に対しても、アリス殿に対しても……同じだよ」
ブラッドリーはハーヴェイを押し退けて、距離を取ってから心底嫌そうな顔をした。
ランドルとアリスが以前から兄妹のような関係であるのと同じで、彼らもいとこ同士でありかなり気安い間柄らしい。
「失礼いたしました、殿下」
ブラッドリーは、髪を整えてから謝罪の言葉を口にする。
わりと素直な人なのかもしれない。
「先ほども話したとおり、白鹿騎士団に限っては受験者同士の比較で合否が決まるわけではないから、それぞれ自分の得意な部分を見せるように。……それでは総当たりで模擬戦闘を始めよう」
すでにそれぞれが防具を身につけ、木剣を手にした状態だ。
ハーヴェイは受験者同士の比較ではないと言うけれど、アリスとしてはやはり二人に勝ちたかった。
アリスは何度も深く深呼吸をして、心を落ち着かせてから、訓練場の中央へと歩きだしたのだった。




