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そして事件から二日後。アリスは、宮廷の警備を担っている白鹿騎士団の副団長から、事件についての報告を受けた。
侵入者二人は、アルヴェリアと緊張状態にあるヴァルシュタイン帝国が放った暗殺者だったという。
アルヴェリアの王族を暗殺し、国を混乱させることが目的であり、とくに第二王子ハーヴェイだけが狙われたものではなかったらしい。
彼らの第一目標は国王で、次いで王太子、三番目の標的がハーヴェイだったようだ。
その中で、守りが手薄だったハーヴェイが狙われてしまったのだろう。
賊は、宮廷に出入りする商人の手引きによって、入り込んだことも判明した。当然、その商人は捕まり、重い罰を受けることになる。
白鹿騎士団内でも、ハーヴェイの護衛役が降格処分となる見込みだった。
◇ ◇ ◇
そのまま宮廷内で療養を続けていたアリスは、四日目にしてようやく短い距離を歩けるようにまでなった。
腹部を縫合しているため、あと数日宮廷内で過ごし、抜糸をしてから伯爵邸に帰る予定だ。
そのあいだ、少しずつ体を動かすようにという指導が、宮廷医からあった。
父と義母は体裁を気にする人だから、毎日見舞いにやってくる。
けれど短時間で帰ってくれるので、伯爵邸にいるよりもずっと心穏やかに過ごせている気がした。
寝間着ではなく、ブラウスと締め付けの少ないスカートに着替えると、気持ちが引き締まる。一気に怪我が治っていく感覚だった。
眠ってばかりでは退屈だ。アリスは女官に付き添ってもらい、少しの散歩をし、その後はソファに座って読書をしながら過ごした。
宮廷医の診察時に、エイルマーやハーヴェイの具合も教えてもらっている。
二人ともまだ歩ける状態ではないけれど、会話はできるとのことだった。
エイルマーのほうは、事件当時の記憶がかなり曖昧になっているそうだ。
けれど、恐ろしい体験を忘れることは防衛本能だから、問題ないというのが宮廷医の見立てだった。
(でも心配だわ。面会ができないか……女官に聞いてみましょう)
せっかく歩けるようになったのだから、それくらいは許されるだろう。
アリスは、さっそく女官に相談し、エイルマーとハーヴェイへの伝言をお願いしたのだが……。
面会の約束を取り付けに行ったはずの女官が、すぐに帰ってきた。
「ヴァーミリオン嬢。第二王子ハーヴェイ殿下がまもなくこちらへご到着されます」
(え? ベッドから起き上がれないって、今日聞いたばかりなのに?)
宮廷医の報告に間違いがあったのだろうか。
ひとまず、ハーヴェイが自ら出向いてくれたというのなら、もちろん拒絶などできるはずがない。
「どうぞ、お入りください」
慌ててスカートのしわを伸ばしながら立ち上がり、アリスは扉のほうを見据えて姿勢をよくした。
「……急な訪問で……すまない、ね……」
「ハーヴェイ殿下!?」
なんと彼は松葉杖をつき、騎士二人に支えられるようにしてやってきた。
少し遅れて宮廷医も同行している。明らかに、まともに歩ける状態ではないとわかる。
アリスは腹部の傷を刺激しないように気をつけながら、ハーヴェイに近づいた。
「あぁ……こんな姿ですまない。改めまして……私はこの国の第二王子、ハーヴェイ・イライアス・アルヴェリアだ」
「アリス・ヴァーミリオンでございます」
「……ヴァーミリオン嬢、とりあえず座って話そう。君だって、軽傷ではないのだから」
アリスが座らなければ、ハーヴェイが座ってくれない雰囲気だった。
先にアリスがソファに腰を下ろすと、騎士の手を借りながら、ハーヴェイも向かいのソファに座った。
「私から、おうかがいするつもりでしたのに」
王子と伯爵令嬢という身分の差の問題もあるけれど、それ以前に彼は安静にしているべき人間だ。
アリスはものすごい罪悪感に支配されていた。
「足も負傷しているから、しばらく動きづらいだけで……大した怪我ではないよ」
騎士や宮廷医が困惑している様子からすると、大した怪我ではないという今の発言はおそらく嘘だ。
本当は、宮廷医の言葉を聞かずに無理矢理ここに来たのだろう。
それでも、ハーヴェイがあまりにも真剣な顔をしていたから、早く帰れとは言えなかった。
「ヴァーミリオン嬢が宮廷を去ってしまう前に……どうしても、直接お礼が言いたかった。恩がある私が出向くのは当然だ。……君がいなければ、私は死んでいたよ……」
怪我を押してまで、わざわざ礼を言いに来てくれるハーヴェイは、かなり真面目な人物のようだ。
「殿下をお守りすることができて、よかったです」
「あのとき……情けないのだけれど……私は、自分の命を諦めてしまった。そうしたら突然君が現れて、手を引いてくれたんだ。私よりずっと小さくて、繊細なその手に、希望をもらった。……本当にありがとう」
ハーヴェイの真剣な言葉を聞いて、アリスの胸が熱くなる。
未熟な剣技だけれど、人の役に立てたのだと実感できた。
怪我をして目が覚めた瞬間に、父と義母から非難されたこともあり、自分を見失いそうだったのだ。
「とにかく必死で……怖くて、なにも考えられなくて……。でも、今は……自分の力を誇れそうです」
アリスはハーヴェイとエイルマーを守った。
野蛮だと非難する者よりも、感謝してくれる人の言葉こそ、アリスにとって価値があるものになると信じたかった。
「怖かっただろう? それでも君は、勇敢だったよ。……この恩は、これから一生かけて返そうと思う。困ったことがあったら、遠慮せず私に相談してほしい」
「もったいないお言葉です」
「……もったいなくない。私は本気で言っているんだよ」
アリスが定型文みたいな返しをしたせいか、ハーヴェイは拗ねてしまった。
王族というだけあって、十六歳という年齢よりも言動が大人びている印象だったけれど、今は少し子供っぽく見えて、親しみが持てた。
「は、はい! ありがとうございます。困ったら、必ずハーヴェイ殿下を頼らせていただきます」
頼ると言わなければ、納得してくれない圧があった。
もちろんこの件を理由に、我が物顔で王家になにかを要求する気なんてないけれど、ハーヴェイの言葉は頼もしかった。
ハーヴェイの体調に不安があるため、短い時間の面会となったけれど、アリスは彼のおかげで随分と前向きになれたのだ。




