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帽子

作者: 口羽龍

 咲江さきえは宮城県の漁村出身で、東日本大震災の後に東京の親戚に引っ越し、その後独立して埼玉で夫と一緒に暮らしている。今は平和に暮らしているが、あの時は大変だった。何もかも失ったが、そんな中で多くの人々が支えてくれて、ここまで歩んできた。そして、東京の親戚の家に引っ越す事になった。彼らの支えがなければ、今の自分はいないだろうと思っている。


 咲江はある写真を見ている。それは、中学校の頃の写真だ。そこには、笑顔の咲江がいる。この頃は宮城県の漁村に住んでいた。この頃はとても平和だったな。そんな日々がいつまでも続いてほしいと思っていたのに、2011年3月11日のあの日、東日本大震災が起きて、多くの人々が死んでしまった。


「どうしたの? 写真を見て」


 話しかけたのは、同僚の真理まりだ。


「澄江の事を思い出してね」


 澄江すみえは咲江の幼馴染で、小学校と中学校が一緒だった。高校は別だったが、それでもいい関係を続けていた。あの日、津波にさらわれて澄江が命を落とすまで。


「あの時、帽子を忘れていなかったら、助かっていたかもしれないのに」


 咲江は思っていた。もしもあの時、帽子を忘れていなかったら、澄江は助かっていたかもしれないのに。どんなに後悔しても、澄江は戻ってこないんだ。そう思うと、涙が出てくる。




 その日、2人は2人で旅行に出かけようとしていた。卒業旅行だ。行先は東京だ。ゆっくりと行こうと思い、午後からにした。澄江は咲江の家の前で待っていた。まだ来ない。早く来てほしいな。


 と、そこに咲江がやって来た。咲江は嬉しそうだ。今日は東京旅行だ。高校を卒業したら、それぞれの道を歩むから、最後の思い出作りにと東京旅行を考えたようだ。


「さて、出かけようか?」

「うん」


 2人は最寄りの駅に向かった。最寄りの駅は少し高い所にあり、海を見渡す事ができる。そこまでの道のりには坂があるが、2人は全く気にしていない。通学でほぼ毎日使っているからだ。この頃はいつも通りの日々が流れていた。あの時が来るまでは。


 最寄りの駅の手前まで差し掛かった時、澄江は何かに気付いた。帽子を忘れたのだ。どうしよう。澄江は戸惑っていた。


「あっ、帽子を忘れちゃった」


 咲江は驚いた。まさか、澄江が忘れものをするとは。これは駅で待っていないと。そんなにかからない距離にある。だから、大丈夫だろう。


「わかった。ここで待ってるから」


 澄江は実家に走って向かっていった。咲江は何事もないかのように見ていた。咲江は知らなかった。これが澄江の最後の姿になろうとは。




 10分ぐらい待っただろうか? まだ澄江は来ない。早く来てほしいな。今さっき、乗る予定だった電車が出てしまった。今度は30分ぐらい先だ。


「はぁ・・・」


 咲江がため息をついたその時、大きな揺れが起きた。その時は、2011年3月11日14時46分、そう、後に東日本大震災と呼ばれるあの大きな揺れだ。


「えっ、地震?」


 咲江は驚いている。こんな大きな揺れは見た事がない。何だろう。大地震だろうか?


「大きい揺れだ!」


 咲江は近くにあったベンチの下に隠れた。咲江はベンチから外の様子を見ている。


 しばらくして、揺れが収まった。だが、まだまだ不安がある。余震があるかもしれないからだ。


「大丈夫だったか」


 咲江は澄江の事が気になった。忘れ物を取りに実家に向かったっきり、まだ戻ってきていない。ひょっとして、実家で下敷きになっているのでは? 津波にさらわれていないか? とても不安になった。


「澄江は大丈夫だろうか?」


 咲江は電話をかけた。だが、つながらない。どうしてだろう。まさか、地震によって電話回線がストップした? それとも、津波でめちゃくちゃになった?


「電話がつながらない・・・。大丈夫だろうか? どうだろう」


 咲江は待合室にやって来た。待合室には、何人かの人がいたが、みんな駅長室にいる。駅長室では、地震関連の速報が流れている。それほど大きな揺れだったと証明できる。


「みんなテレビ見てる・・・」


 と、咲江はある映像を見た。それは、自分と澄江の集落の映像だ。澄江は大丈夫だろうか? 咲江はますます不安になった。まだ津波は来ていないが、津波の到達時刻を見ると、もうその時間が迫っている。早く逃げないと、津波にさらわれる。早く逃げてほしいのに。


 程なくして、津波が到達して、集落の家々を飲み込み始めた。その様子を、咲江はじっと見ていた。両親は大丈夫だろうか? そして、澄江とその家族は大丈夫だろうか? 不安でしょうがない。どうかみんな、高台に逃げていて、無事だと願いたい。


「えっ、澄江ちゃんの家が・・・。大丈夫かな?」


 と、咲江の元に電話が入った。それは、澄江の母だ。まさか、澄江の身に何かがあったのでは? 咲江は一気に不安になった。


「もしもし!」

「咲江ちゃん?」


 澄江の母の声だ。澄江の母は息を切らしていた。必死で逃げてきたと思われる。


「うん」

「澄江ちゃん、津波にさらわれちゃった・・・」


 それを聞いて、咲江は絶句した。澄江が津波にさらわれて、なくなってしまった。帽子を取りに実家に向かった、それが最後の姿になってしまうとは。そして何より、地震による津波で澄江が犠牲になってしまうとは。


「そんな・・・」


 そして、2人で生きた日々は突然終わった。もしもあの時、東日本大震災が起きていなければ、津波なんて起きなかったのに。これからも友情が続いていたのに。




 真理はその話を聞いていて、涙を流していた。こんな過去があったのか。とてもつらかっただろうな。もっと一緒に行きたかっただろうな。東日本大震災が起きていなければ、これからも友情が続いていたかもしれないのに。


「そんな事があったんだね」

「あの時、帽子を忘れてなかったら、助かってたかもしれないのに・・・」


 咲江は今でもあの時を忘れられない。なぜならば、それで友情が引き裂かれたのだから。

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