表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
葬られた勇者と右目の魔王  作者: 碧遥


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

3/3

第3話 森の朝

夢の中で、レオンは赤い霧の中に立っていた。


霧だけが充満した何もない空間。


見えるのはただ、遠くでこちらを見つめる赤黒い影。


『いつまで寝ている。……目を覚ませ。』


その声と同時に、右目が熱を帯びる。


次の瞬間、まぶしい光に包まれ、レオンは目を開いた。


━━━━━━━━━━━━━━


目を開くと視界に広がるのは、昨日も見た木造りの部屋。


窓から差す柔らかな朝日、風の音。


誰かの足音がしたと思うとすぐに扉が開き、長が女のエルフとともに入ってくる。


「起きたか」


エルフの女の手には木皿が二つ。

湯気を立てるスープと干した果実の練り込まれたパンのようだ。


長はレオンの枕元に腰を下ろす。


「体調はどうだ」

「だいぶ……昨日よりは楽です」

「マナの馴染みが早い。珍しいことだ。」


長の言葉に、そばのエルフの女性も小さく頷く。


「腹が減っているだろう。食べなさい。」


「……はい。ありがとうございます。」


長は小さく頷き、横にいた女性に目配せをした。


女性が食事の乗ったお盆を手渡してくるので、ありがたく受けとった。


「神に感謝を...いただきます。」


スープをひと口すする。

香草の香りとやわらかな甘みが胃に落ちると、ようやく自分がどれだけ空腹だったかを思い出した。


黙って食べるレオンを、長はしばらく観察するように眺めていた。

その視線に気づき、レオンは居心地悪そうに背筋を伸ばす。


「本当にマナの回復が早い。

既に体にマナが馴染みつつあるようだな。」


「不思議な感覚ですが、体は重いのに、心は軽いようなそんな気がします。

……その、昨日は助けていただいてありがとうございました。」


「礼など要らぬ。昨日も言ったが、これはただの観察目的。…まぁ、あとは昔馴染みのついでだ。」


「昔馴染み……?」


レオンが首を傾げようとした瞬間、長が問いを重ねた。


「お前、名は?」


「レオン。レオン・アルディスと申します。 自分は、神聖教国の勇者で——」


言いかけた瞬間、長の目がわずかに細くなった。


「……勇者、だと?」


部屋の空気が張りつめる。

女性のエルフも一瞬、手を止めた。


「全く...あいつも厄介な置き土産をしていきよって...」


ボソリと長が何かを呟いたが、レオンにはよく聞こえなかった。


「勇者とは――この森にとって“災い”の象徴だ。」


「え……?」


レオンは固まった。


「この数千年の間、お前たち神聖教会の勇者が現れるたびに、マナの循環は乱れ、森の命が徐々に枯れていっておる。

 勇者の称号は、ユグドの森では“死の前触れ”として恐れられている。」


理解が追いつかない。


「ま、待ってくれ。俺は……世界を救うために魔王と戦って……」


すると、長は淡く鼻で笑った。


「“世界”ではないだろう。

 ――『神聖教国の世界』だ。」


レオンは言葉を失った。


胸の奥がざらつくような感覚が広がる。

昨日から何度も何度も胸を引っかく、この違和感。


長はさらに続けた。


「だが、かつての災いであろうと、お前は今この森の中にいる。

 そして……“魔素のない身体”で森の外に出れば、お前は確実に死ぬ。」


「……なっ!?」


「昨日も言ったはずだ。

 今のお前は、魔素もマナも、どちらも流れが安定していない。

 ユグドラ様の影響下にあるおかげでマナを取り込めているが、自力でマナを取り込むことのできぬ今のままでは、

 村の外へ一歩出た瞬間、魔素の少ないこの地域では生命維持ができなくなる。」


レオンは思わず立ち上がろうとして、膝が笑った。


「……そんな……。

 でも、俺は教国に戻らなければ……。聖女も、仲間たちも待っているはずだ。

 それに、森の命が枯れているのだって何かの誤解だ!教皇様に説明してもらえば貴方達の誤解もきっとーー」


長はレオンの強い否定を、まるで風の揺れでも眺めるような静けさで受け止めた。


「誤解、か。……便利な言葉だな。」


「なっ、!」


「我らは“信仰”で語っているのではない。

 ただ、見えている現象をそのまま言っているだけだ。」


長は片手を持ち上げ、部屋の天井を指した。


「森の外――お前たちの領域では、マナの風がほとんど流れておらぬ。

 だが勇者が現れるたび、その流れはさらに細くなる。

 草木は弱り、精霊は眠り、土は呼吸を失う。

作物は育たなくなり、動物達は魔獣化し凶暴になり、

ユグドラ様により産み出される我々エルフも、近年はめっきり産まれなくなった。」


「そんなもの……見たことがない……!それに、魔獣が増えて作物が育たなくなるのは魔王の影響だ!」


長は首を横に振った。その動きは怒りではなく、深い諦念の滲むものだった。


「確かに魔王は“災厄”だ。周囲の魔素を濃くし、魔獣を呼び寄せ、土地を荒らす。

 だが――それはあくまで“魔王を中心に広がる局地的な汚染”に過ぎぬ。」


「局地的……?」


「そうだ。魔王が封印される度土地の汚染は一時的に収まる上に、範囲はかなり限定的だ。

 だが勇者が来た時に起きる現象は……あれは違う。」


長の目がレオンの胸の奥を見通すように細められる。


「お前たちが現れると、森全体のマナの風が乱れ、流れが歪む。

 “大陸全域に影響が出る”のだ。魔王よりも、ずっと広く、深く。」


エルフの女性も静かに言葉を添えた。


「魔王が作物を枯らすのではありません。

 その時代の勇者が現れる度に、ユグドラ様が、土地そのものが“息苦しさ”を訴えるのです。

 魔素の乱れは魔王より勇者の方が強い……近代の勇者は特に。」


「……そんな……俺が……?」


レオンは言葉を失い、肩がわずかに震えた。


「魔王と勇者が相打ちになったのに、ユグドラ様がなかなか回復されぬと思ってはおったが、お主がまだ生きていようとはな...」


そう言ってレオンの目を強く見つめ、死を願うような長の言葉に心がきしむ。


長は静かに言う。


「まあ、戻りたくば戻れ。ただし――“死体”としてならな」


喉がひゅ、と閉まる音がした。


「……じゃあ……どうすれば……」

「マナの流れを安定させるしかない。

 そのためには“適性検査”を行う。お前が本当にマナを扱えるのかどうかをな」


長は立ち上がった。


「ついてこい。

 結果次第で、お前が生きて森を出られるかどうかが決まるだろう。」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ