第6話 未来を託す冷徹な愛情
私は待たせていた車へ戻り、運転手に告げました。
「駅に向かってくださいな」
エンジンが低く唸り、車輪が砂利を踏みしめて動き出します。
すぐに小さくなる松島邸を、私は一度も振り返りませんでした。
のどかな田園風景が過ぎ去る中、胸の奥から熱いものがせり上がってきます。
――里子の涙、必死の懇願。魂の叫びのようでした.
母となれぬ私には、あまりに眩しく、そして苦しいものでした。
けれど私は決めたのです。
彼女から子を取り上げる代わりに、乳母として生きる道を与えた。
冷酷で非情に見えるでしょうか。
しかし、彼女が母であると名乗れば、その子は世間から蔑まれる。
ならば「真実を封じる」という罰こそが、母と子を守る最善の策なのです。
車窓に映る自分の顔。
――ふと、昨年亡くなった母の顔と重なりました。
『子が幸せであることが、何よりの親孝行ですよ』
幾度と繰り返し聞いた、あの声が耳に甦り、思わず唇が震えました。
「母上……私は、間違っていませんよね?」
返事があるはずもない車内。
けれど確かに、あの優しい瞳に見つめられている気がします。
私は母に孫を抱かせることはできませんでした。
何度も望み、何度も諦め、夜ごと涙を流しました。母は肩を抱き寄せてくれたのです。
『あなたが笑って生きてくれれば、それで私は幸せですよ』
幼子をあやすような声。
思い出すたびに胸が痛み、同時に救われもしました。
そして今。
思いがけぬ形で、小さな命に手を差し伸べる立場となったのです。
――母ならきっと、私の選択を喜んでくれるだろう。
車は揺れながらも軽快に進みます。
やがて私は、未来を思い描く自分に気づきました。
近い将来、松島家には幼い子の声が響くでしょう。
血の繋がりはなくとも、その子が笑えば家は明るくなる。
里子は母と名乗れずとも、乳母として側にいられる。
私は遠くから、ただ静かに見守ればよい。
――それに、私にはもっと大きな夢がありますからね。
第7話に続きます。




