表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
妾に子供が授かりました。冷徹と呼ばれる私の判断を、どうか笑ってくださらない?  作者: はなたろう


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

4/10

第3話 圧倒的に有利な立場ですが

「もう一度、お聞きしますね」



私の声に、応接室の空気がぴんと張り詰めます。

丸々とした夫は、視線を彷徨わせながら、汗をぬぐうばかり。

テーブルの上の茶器は冷え切り、淹れたばかりの茶も不味くなっています。


壁の片隅に掛けられたガス灯が、チリチリと音を立てるばかりで、この重苦しい沈黙を破るものはありませんでした。



「先ほど私を迎えたご婦人は、どなたでいらっしゃいます?新しい女中を雇ったなど、聞いておりません」


「そ、それは……」



言葉を濁す様子で、すでに答えは出ています。妻を欺くほどの才覚は、この人にはありませんから。



「繰り返しますが、松島家の女主人は私です」


「そのとおりだ」


「使用人の管理も私の務めです。たとえ私が、今は藤堂家にお仕えしている身であっても、なんの報告も無く、人を無断で雇うなどあり得ません」


「す、すまん」


「この家の格式を保つことこそ、私の役目ですから」



私の言葉に、夫は縮こまり、椅子の上で大きな身体を小さく見せました。



――ああ、まったく。


どうして私はこの人と結婚したのでしょう。

いえ、この人もまた、私と結婚せずに済んだ方が幸せだったのかもしれません。


少なくとも、彼は誰かを従え導くには、あまりにも頼りなさすぎます。



「そんなに、怒らなくてもいいじゃないか。キレイな顔が台無しだよ」


「怒ってなどおりません。それに、無駄な褒め言葉は不愉快なだけです。私は、ただ事実を問うているだけです」


夫の視線が泳ぎ、沈黙が応接室を支配します。やがて私はため息をひとつ吐き、核心に触れました。



「妾はどちらにいるのです?」



その瞬間、夫の丸い顔がさらに丸く歪みました。池の鯉のように、声もなく口をパクパクさせます。



「……あ、あの、その……」


「正直にお答えください。瑠璃子お嬢様の旦那様、聖人様に会って、ペラペラとお話になったのは、いったいどの口でいらっしゃいますか?」



後先考えずに話してしまうほど、嬉しかったのでしょうね。


例え落ちぶれた士族でも、松島家の跡取りを望む気持ちは、彼も同じなのですから。



「ご、ごめん……」



小さく頭を下げられました。



「離縁なさいますか?それとも、その妾を屋敷から追い出しますか?」



私の問いに、夫は唾を飲み込む音を響かせました。



「り、離縁なんて……できないよ」



――やはり。



せめて「妾と子を守りたい」とでも言えば、わずかに見直したかもしれません。


けれど、この人はそれすら言えません。想像通り、いや、想像を下回る情けなさです。



「では、話は以上ですわね」



私はきっぱりと言い放ちました。



「あ、待ってくれ!」



松島家には、金銭的な余裕はございません。


私が藤堂家で得る給金こそ、この家を支える大事な収入源なのです。


玄関に飾られた、色褪せた錦絵のように、この家の栄華も過去のものなのです。


時代の流れは早く、努力なくして廃れていく士族の多いこと。松島家もその類いでした。



私もまた、武家の血を引く者ですが、松島家よりは大きく、今ではお父様は実業家として汗を流しております。


私もまた、藤堂家にお仕えすることで、自立の道を模索してまいりました。



結婚にあたり、支度金と花嫁道具は、それなりのものを用意いたしました。



実家から援助を受け、松島家を支えてきたこともございました。



子供を産めない嫁にも関わらず、義父母が私に「離縁せよ」と迫らなかったのは、その事情があったからに他なりません。



「今後は、勝手な判断は控えていただきます。例え女主人である私が不在でも、報告と相談だけは怠らぬように」


「わ、分かったよ。すまない」



夫はなおも笑みで取り繕おうとしますが、その笑顔に誠実さは感じられません。


いっそ怒鳴り散らすか、拳を振り上げるかしてくれた方が、まだ人間らしいというのに。



「それでは、ごきげんよう」



これ以上言葉を交わしても、互いのためになりません。


汽車の時間までに、私にはまだ、やるべきことが残っていますから。




――次回、第4話へ続きます。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ