第8話 生きるための裏切り
九度目の八月十二日。
夜明けの光が差し込む前、私はベッドの上で目を開けた。
昨日聞いた「片方の死」という言葉が、頭から離れない。
食堂で向かい合ったリオネル様は、いつもより無口だった。
やがて静かに口を開く。
「……もし儀式を行えば、この日を終わらせられる。だが、お前が死ぬか、俺が死ぬ」
「そう……ですね」
「俺は――生きてほしい。だから儀式はしない」
淡々とした声の奥に、強い決意があった。
私は俯き、胸の奥がきゅっと痛む。
儀式をしなければ、私たちは永遠にこの日を繰り返す。
けれど、彼は私を失いたくないと思っている。
その優しさが、かえって残酷だった。
午後、私は一人で北の塔に向かった。
机の引き出しを探ると、手紙と同じ筆跡で書かれたもう一枚の紙切れを見つけた。
そこには儀式の手順の一部が残されていた。
> “誓約は満月の夜、血を混ぜた杯を交わし、互いの名を誓うことで成就する”
そして最後に一文――
> “ただし、誓うのは一人だけでよい”
背後から低い声がした。
「……見つけてしまったか」
振り返ると、黒猫アルタイルが窓辺に座っていた。
「一人だけが誓えば、その者が命を落とし、もう一人は生き残る。
だから百年前、二人は誓えなかった。どちらも相手を失いたくなかったからだ」
私は手を強く握りしめた。
「……じゃあ、もし私が誓えば、リオネル様は――」
夜、彼に黙って儀式の準備を始める私の姿があった。
この日を終わらせるため、そして彼を生かすために――。