第7話 失われた誓約書
八度目の八月十二日。
私は決意して、朝からリオネル様の部屋を訪ねた。
「探しましょう。百年前の誓いが何だったのか」
灰色の瞳がわずかに揺れ、彼は無言でうなずいた。
まず向かったのは屋敷の地下書庫。
古い年代記や使用人の記録が並ぶ埃っぽい空間は、かつてこの屋敷で何があったのかを知る唯一の場所だった。
何時間も捜し続け、黄ばんだ羊皮紙を束ねた一冊の記録簿を見つけた。
そこには百年前――屋敷の主の息女エリシアと、護衛騎士ルシアン(リオネル様の前世)が結ぶはずだった“誓約”について書かれていた。
だが、その記録は途中で破り取られていた。
「……誰かが意図的に消した?」
私が呟くと、リオネル様は眉をひそめる。
「それも、この屋敷の者だろう」
そのとき、通路の奥から硬い足音が近づいてきた。
現れたのは執事の老マリウス。
「お嬢様、旦那様。――その記録簿は……おやめください」
いつも冷静な執事の声に、かすかな焦りが混じっていた。
マリウスはゆっくりと歩み寄り、低い声で告げた。
「誓いの内容を知れば、この屋敷は再び血に染まる……そう、百年前のように」
その瞬間、黒猫アルタイルが書棚の上から飛び降りた。
「隠しても無駄だ、マリウス。あの日、誓約書を燃やしたのはお前だろう」
老執事の瞳が大きく見開かれる。
空気が凍りついた。
マリウスはしばらく沈黙していたが、やがて震える声で言った。
「……あの誓いは、二人の命を一つに戻すための儀式だった。だが、その代償は――片方の死」
私は息を呑み、リオネル様と目を合わせた。
それはつまり、この日を終わらせるためには……どちらかが消える、ということ。