第4話 もう一人の囚人
五度目の八月十二日。
もはや、廊下を歩く音や食堂の香りさえ、秒単位で予想できる。
私の中に染みついた“繰り返し”が、世界を既視感の鎖で締め付けている。
黒猫アルタイルの言葉が頭から離れない。
――屋敷の主の目を、よく見てみろ。
午前九時。
食堂のドアを開けると、いつものようにリオネル様が立っていた。
背筋の伸びた姿勢、冷ややかな灰色の瞳、口元にかすかな笑み。
――けれど、その瞳の奥に、一瞬だけ影が走った。
まるで何かを思い出そうとして、痛みに耐えているような。
食事の途中、ふいにリオネル様がナイフを止めた。
「……妙な夢を見た」
「夢……ですか?」
「同じ日を、何度も繰り返しているような夢だ。
君とこうして向かい合っている場面まで、はっきり覚えている」
心臓が強く打つ。
「それ……夢じゃないかもしれません」
言葉が喉を抜けるとき、私の声はかすかに震えていた。
彼は私をじっと見つめ、灰色の瞳を細めた。
「……君も、同じ夢を?」
「ええ。でも夢じゃない。何度も、この日を……」
その瞬間、リオネル様の眉がぴくりと動いた。
「では、これは……現実なのか?」
私はうなずく。
重たい沈黙が落ちた。
そのとき、窓の外で低い声がした。
「やっと二人、同じ場所に立ったな」
黒猫アルタイルが、塀の上からこちらを見下ろしている。
「これでようやく始められる。――百年前から続く、長い話を」
そして、私たち二人は同時に、胸の奥に説明のつかない寒気を感じた。