第31話 影の遺言
封印の前には静寂だけが残っていた。
黒い影に呑まれたカイルの姿はもうなく、床には短剣と、小さな水晶片が落ちている。
リリアが震える手で水晶片を拾い上げると、その内部に淡い光が灯った。
そして――カイルの声が響いた。
《これを聞いているということは、俺はもうこの世にいないだろう》
声は落ち着いていたが、わずかに疲弊の色が混じっていた。
《リリア、お前には真実を伝える。父と母を殺した夜、俺は議会の実験体として魔脈石に接続され、意志を奪われた。だが最後の瞬間だけ、自分を取り戻し……炎の中でお前を外に逃がした》
リリアの目から涙がこぼれる。
「兄さん……」
《俺がここまで来たのは、議会が“影の会議”を通じて核を戦争に利用するのを止めるためだ》
《だが、破壊すれば多くの命が失われる。それを避けるため、俺は核を封じたまま、自分を鍵として封印の中に残した》
僕は息を呑んだ。
「自分を……鍵に?」
《この水晶片は、お前たちにだけ封印を開く道を示す。いつか議会が再び核に手を伸ばしたとき、必ず止めろ》
《……そしてリリア、俺は最後までお前の兄でいられて幸せだった》
光が弱まり、水晶片はただの透明な欠片に戻った。
長い沈黙の後、アルタイルが地図を握りしめる。
「議会は必ず動く。今度は本拠地で迎え撃たなければならない」
リリアは涙を拭き、静かに頷いた。
「兄さんの遺志は、私たちが守る」
僕たちは封印の間を後にし、地下通路を戻った。
地上に出た時、夜空には満月が浮かび、海を銀色に照らしていた。
――その光の下、次なる戦いの幕が静かに上がろうとしていた。