第28話 影の使者
扉越しに響く低い声。
僕たちは一瞬、息を呑んだ。
アルタイルが剣に手をかけ、僕はリリアを背中にかばう。
「……誰だ?」
問いかけると、扉の向こうから返ってきたのは、落ち着いた男の声だった。
「敵じゃない。お前たちを助けに来た」
警戒を解かぬまま扉を開けると、そこに立っていたのは黒い外套をまとった中年の男だった。
目元に深い皺があり、その瞳は底知れぬ静けさをたたえている。
「俺はシグル。かつて“影の会議”に仕えていた者だ」
リリアが身を乗り出す。
「じゃあ、兄さんの居場所を知ってるの?」
シグルはわずかに頷いた。
「カイルは今、島の中央部――封印された採掘場にいる」
その言葉にアルタイルが目を細める。
「封印が破られれば、眠っている魔脈石の核が露出する」
僕は思わず息をのむ。
「核って……」
「島全体の魔脈を支配できるほどの結晶だ。
それが議会の手に渡れば、大陸すべてを支配できる」
シグルは外套の内側から古びた地図を取り出し、机に広げた。
地図には採掘場までの地下通路が赤い線で示されている。
「正面から行けば警備に阻まれる。だが、この古い通路なら――」
リリアが口を挟む。
「兄さんは、それを壊そうとしてるの?」
シグルは一瞬黙り、やがて低く答えた。
「……ああ。しかし方法が違えば、大陸ごと吹き飛ぶ危険がある」
その時、宿の外から重い足音が響いた。
窓から覗くと、黒衣の兵士たちが包囲を始めているのが見える。
シグルが短く言った。
「……もう時間がない。ここから逃げるぞ」
僕たちは荷をまとめ、裏口から夜の港へと駆け出した。
背後で宿の扉が破られ、鋼の音が闇に響いた。