第22話 アストリア家の罪
夜。議会劇場を後にした僕たちは、港町の外れにある古い宿に身を寄せていた。
薄暗いランプの光の中、リリアは椅子に腰掛け、魔脈石を握ったまま黙り込んでいる。
外では波が岩を打つ音が響き、まるで過去を呼び覚ますかのようだった。
「リリア、さっきの……あの男、本当に君の兄なのか?」
僕が問いかけると、彼女はわずかにうなずいた。
「……カイル・アストリア。私の二つ年上の兄。十年前、家ごと火事で死んだはずの人」
その声は淡々としていたが、握りしめた手の白さが感情を物語っていた。
アルタイルが低く口を開く。
「アストリア家――かつて魔脈石の管理を任されていた貴族家門だな。しかし、ある事件を境に廃嫡された」
「事件?」僕が尋ねる。
リリアは深く息を吐き、口を開いた。
「……魔脈石の違法取引。アストリア家は議会に内緒で魔脈石を密売し、戦争屋に渡していた」
彼女の言葉が、部屋の空気を重くする。
「私は幼かったから、何も知らなかった。でも――あの日、屋敷が火に包まれた時、兄は私に言ったの。『この世界を変えてやる』って」
僕は眉をひそめる。
「変えるために……破壊を選んだってことか」
リリアは首を横に振る。
「わからない。兄は優しかった。でも、あの夜から別人のようになった」
アルタイルが机に地図を広げる。
「おそらくカイルは、アストリア家が失った魔脈石の行方を追っていた。そして今回の議会劇場で、それを奪い返そうとした」
僕は地図の一角に目を留めた。
――赤い印がつけられた小さな島。
「これ……?」
「魔脈石の最大の採掘地。今は封鎖され、地図からも消された場所だ」アルタイルが言う。
その瞬間、リリアが椅子から立ち上がる。
「兄はきっとそこへ向かう。……止めないと」
彼女の瞳は、もはや迷いを捨てていた。
けれど、その奥に隠された悲しみは、僕にも見えてしまう。
僕たちは翌朝、その島を目指す船に乗ることを決めた。
しかし――その夜、宿の窓辺に、見覚えのある影が立っていた。
琥珀色の瞳が、闇の中でじっと僕たちを見つめている。