第20話 仮面舞踏の陰謀
入札会場は、中環区の中心にそびえる大劇場だった。
夜空を切り裂くように輝く光の柱が、まるで星の降る場所のように外壁を照らしている。
馬車が次々と到着し、着飾った貴族や大商人たちが仮面をつけて降り立つ。
仮面は身分と素顔を隠すための習わし――だが、誰もが互いの素性を知っている。
それが、この街の滑稽さでもあった。
リリアは深紅のドレスに銀の仮面をつけ、堂々と馬車を降りた。
背筋は伸び、表情は冷たい。
「……さすがに似合ってるな」
僕が思わず呟くと、彼女は視線だけで返す。
「集中して。ここからは一瞬の油断も許されない」
僕とアルタイル、ハルドはそれぞれ商人や護衛になりすまし、会場へと入った。
劇場のホールには金と宝石のような装飾が施され、中央には円形の舞台。
そこに、これから入札される品々が置かれていた。
司会役の男が高らかに宣言する。
「諸君、今宵の目玉は――“魔脈石”だ!」
ざわめきが広がる。
魔脈石は魔力を増幅させる鉱石であり、戦争の道具にもなる危険な代物だ。
外環区の地下鉱脈から掘り出され、多くの血が流れた末に、ここまで運ばれてきた。
僕は視線を舞台袖に走らせる。
そこには黒衣の警備兵が控え、出入り口には監視の目が光っていた。
正面突破は不可能だ。証拠を掴むには――もっと大胆な方法が必要だった。
その時、会場の扉が乱暴に開いた。
黒いローブをまとった人物が、舞台に向かって歩み出る。
仮面の奥の瞳が、まっすぐリリアを射抜いた。
「アストリア家の令嬢……やはりここにいたか」
場の空気が一瞬で凍りつく。
男の手には、奇妙な紋章が刻まれた短剣。
ハルドが小声で呟く。
「……“影の印”だ。中環議会の暗殺部隊」
男は司会を突き飛ばし、魔脈石の箱を掴んだ。
「この石は、我らの主の手に渡るべきだ」
次の瞬間、黒衣の警備兵の半数がその男の味方として動き、会場は混乱に包まれた。
リリアは迷わず駆け出す。
「待ちなさい!」
ドレスの裾が翻り、彼女の手には隠し持った小型の短剣が光った。
僕とアルタイルも後を追い、舞台上で交錯する刃と刃――
そして、観客たちの悲鳴が劇場を満たした。
暗殺者の仮面が割れ、露わになった顔を見て、リリアは息を呑む。
「……あなた、まさか……!」
その表情は怒りと悲しみが入り混じり、僕には理解できない何かを映していた。