第2話 黒猫の瞳
――三度目の、八月十二日の朝。
小鳥の声も、レース越しの光も、すでに見飽きるほど繰り返した情景。
私はため息をひとつこぼし、カーテンを開けた。
そのときだった。
庭の片隅、朝露に濡れた芝の上に――一匹の黒猫がいた。
真っ黒な毛並みに、金色の瞳。光を受けて宝石のように輝いている。
「……猫?」
この屋敷の庭に、猫なんていたことはない。少なくとも昨日までの私の知る限り。
黒猫はじっとこちらを見つめていた。
逃げる気配も、威嚇のそぶりもなく。まるで、私が来るのを待っていたかのように。
朝の支度を終えると、私はポットと茶葉を持って食堂へ向かう。
リオネル様が現れるタイミングも、言葉も、やはり同じ。
――やっぱり、今日も八月十二日だ。
頭の奥がきゅっと締めつけられるような感覚を抱えながら、窓の外に目をやると、先ほどの黒猫が見えた。
リオネル様が席を外した瞬間、私はそっと外へ出る。
「おいで」
黒猫はすっと立ち上がり、芝生の上を歩いて私の足元まで来た。
そして――口が動いた。
「やっと見つけた」
……言葉を話した。
「……しゃ、しゃべった?」
「もちろん。君がその耳で聞けるのは、繰り返す日を三度経験したからだ」
低く落ち着いた声。年齢も性別も感じさせない、不思議な響きだった。
「……どうして私のことを?」
「簡単な話だ。君、気づいているだろう? 時間が回っていることに」
その言葉に、喉が詰まる。
「知ってる……っていうか、巻き込まれてる、が正しいのかも」
黒猫は小さく笑ったように目を細めた。
「巻き込まれてるのは君だけじゃない」
「え?」
「もう一人、このループに囚われた者がいる」
その瞬間、背中に冷たいものが走った。
「誰……?」
「――それは、自分で見つけるんだ」
黒猫はくるりと背を向け、庭の奥の林へ消えていった。
残された私は、心臓の鼓動をやけに強く感じていた。