第18話 光と影の都
地下道を抜けた先に広がっていたのは、まるで別世界だった。
外環区の荒廃した瓦礫街とは打って変わり、石畳は磨かれ、街灯が柔らかく輝いている。
通りには香辛料や甘い菓子の匂いが漂い、色鮮やかな衣服を纏った人々が行き交っていた。
「これが……中環区」
リリアの瞳が驚きに見開かれる。
しかし、アルタイルは口元を歪めた。
「表向きはな」
ハルドは、外環区での粗野な態度を隠すように、立ち居振る舞いを変えていた。
背筋を伸ばし、言葉遣いも滑らかになる。
「ここの支配者は“中環議会”だ。表向きは民意で選ばれているが、実際には……商人連合と貴族の操り人形だ」
その声には軽蔑が滲んでいた。
僕たちは市場通りを抜け、路地裏へと入る。
陽の当たらないその場所では、乞食たちが身を寄せ合い、痩せ細った子供がこちらをじっと見ていた。
「外環と変わらないじゃないか」
僕が呟くと、アルタイルが低く答える。
「光が強ければ影も深くなる。ここはその典型だ」
やがて、僕たちは小さな酒場に入った。
中は人でごった返し、酒と香草の混ざった匂いが充満している。
カウンターの奥から、ふくよかな中年の女が笑顔で近づいてきた。
「久しぶりだね、ハルド。今日は何の用だい?」
「情報だ。議会と商人連合の最近の動きを知りたい」
女――酒場の女主人“ミレイユ”は、周囲を見回してから声を潜めた。
「近々、大規模な入札がある。
表向きは物資の調達だが、本当は“禁制品”の取引だよ」
その言葉に、ハルドの目が鋭くなる。
「禁制品……まさか、“魔脈石”か?」
ミレイユは頷いた。
「そうだ。しかも供給元は――外環区の地下鉱脈だ」
僕たちは一瞬、言葉を失った。
つまり、外環の貧困と暴力は、ここ中環区の繁栄のために維持されているということだ。
その夜、拠点として借りた小部屋で、ハルドが作戦を語った。
「入札に潜入する。証拠を掴み、議会と商人連合の癒着を暴く」
アルタイルが眉をひそめる。
「潜入って言っても、参加者は全員、顔の利く大商人や貴族だぞ」
ハルドはわずかに笑った。
「だからこそ、お前の出番だ、リリア」
リリアが驚いた顔でこちらを見る。
「……私?」
「お前の血筋は、この区の古い貴族家に繋がっているはずだ」
その瞬間、リリアの表情から血の気が引いた。
「……どうして、それを」
「俺は探るのが仕事だ。拒否はできない。これはお前の過去と向き合う機会でもある」
重苦しい沈黙が部屋を満たす中、窓の外では華やかな花火が夜空を彩っていた。
光と影――二つの世界が、同じ空の下に広がっている。