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第16話 市場区潜入作戦

 夜明け前、拠点の空気は張りつめていた。

 焚き火の煙が漂い、鋼の匂いが鼻を刺す。

 イレナ率いる弓兵二名と、僕たち三人――計五名での潜入作戦が始まる。

 ハルドは出発前に短く言った。

 「鍵を奪ったら合図しろ。迎えを出す」

 その言葉の裏に、“失敗したら戻ってくるな”という冷たい意味が隠されているのは明らかだった。


 市場区は昼間と夜とで顔が違う。

 昼は人混みで溢れ、果物や布の香りが漂うが、夜はまるで別の生き物だ。

 人気はなく、屋台は影の中に沈み、路地では猫の目だけが光る。


 「こっちだ」

 イレナが細い路地を進む。

 その背中は迷いがなく、僕たちはただ無言でついていく。

 やがて、古びた倉庫が見えてきた。

 壁の隙間から漏れる灯りと、低い笑い声。中には少なくとも五人はいるだろう。


 潜入口は裏手にあった。

 イレナが小さな金属板を取り出し、器用に鍵穴をこじ開ける。

 「騒ぐな。ここからは時間との勝負だ」

 中に入ると、埃と古い酒の匂いが押し寄せてきた。

 木箱が積まれ、その上には布が掛けられている。

 布をめくると、銃器や刃物、そして小瓶に入った光る粉――密売品だ。


 「鍵は二階の事務室にあるはずだ」

 階段を上がろうとしたその時――床板がきしんだ。


 「誰だ!」

 怒鳴り声と同時に、下から足音が殺到する。

 イレナが舌打ちし、弓を引く。矢が放たれ、先頭の男の肩を貫いた。

 「上だ、急げ!」

 僕とアルタイル、そしてリリアが階段を駆け上がる。


 二階の事務室は、重い扉で閉ざされていた。

 僕は腰の短剣を逆手に握り、鍵部分に力を込めて突き刺す。

 金属が折れ、扉がわずかに開く。中には机と棚、そして――


 「……これだ!」

 机の上に、古びた銀色の鍵が置かれていた。

 リリアがそれを掴んだ瞬間、階下から耳慣れた声が響く。


 「そこまでだ、異邦人」


 振り向くと、階段の上に銀鎧の騎士――しかも、ハルドと肩を並べるほどの高位と思しき男が立っていた。

 「なぜここに……」僕が呟くと、その騎士は冷笑した。

 「案内してくれたのはお前たちの仲間だ」


 背後で足音。

 そこに現れたのは――紅蓮反乱軍の弓兵の一人。

 イレナと共に出発した、若い男だった。

 「悪いな。俺は最初から騎士団の密偵なんだ」


 イレナの表情が凍りつく。

 「……貴様」

 男は笑いながら階段を降り、騎士団の方へ歩いていく。

 「もうすぐ包囲が完了する。観念しろ」


 その瞬間、アルタイルが僕の耳元で囁いた。

 「右の窓、飛び降りろ」

 考える暇はなかった。僕たちは鍵を抱え、窓を蹴破る。

 外は薄明かりの裏通り。石畳に転がりながらも立ち上がり、走り出す。


 背後では怒号と金属音が混じり合い、矢が空を裂いた。


 夜明けの前、市場区を抜け出した僕たちは、血まみれのまま拠点へ戻った。

 ハルドは鍵を見ると、わずかに口元を緩めた。

 「よくやった。……裏切りの件は俺が始末する」


 その声に、冷たい決意が滲んでいた。


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