第14話 追跡の市場
迷宮都市の外環区――そこは、生きるための匂いと、死の予感が入り混じる場所だった。
屋台の鉄鍋からは香辛料の香りが立ち昇り、隣では廃材で組まれた小屋の中からすすり泣きが聞こえる。
乾いた石畳の隙間からは赤い苔が生え、その色が血の跡なのかどうか判断できない。
「気を抜くなよ」
黒猫アルタイルが、尻尾で僕の足を軽く叩いた。
「分かってる」
僕と彼女は、リリアの案内で市場の奥へ進む。
今日の目的は、紅蓮反乱軍の連絡役と接触し、中環区へ通じる裏道を聞き出すこと。
――そのはずだった。
市場の中央広場に差しかかった瞬間、空気が変わった。
会話が止み、屋台の主人が目を伏せる。
その理由はすぐに分かった。
カツン、カツン――。
鉄靴の音が石畳に響く。
青いマントを翻し、銀鎧の騎士たちが現れた。
《蒼鎧騎士団》。核の秩序を守ると称し、反乱分子を容赦なく狩る連中だ。
「どうしてここに……」
リリアが低く呟いた瞬間、先頭の騎士と目が合った。
「見つけたぞ、外来者!」
剣が抜かれ、群衆が蜘蛛の子を散らすように逃げる。
僕たちは一斉に背を向けた。
市場の路地は複雑に入り組み、同じ石造りでも壁の高さや色が少しずつ違う。
だが、騎士たちの鎧は重いはずなのに、追跡速度は驚くほど速い。
「右だ!」アルタイルが叫ぶ。
リリアが素早く角を曲がり、僕と彼女も続く。
背後で金属が擦れる音と、怒号が迫ってくる。
「こっち!」
リリアが古びた扉を蹴破った。中は倉庫のようだ。
干からびた果実や布袋が積まれ、埃が舞い上がる。
その奥に小さな窓があり、そこから狭い路地へと抜けられた。
ようやく息を整えた時、リリアが声を潜める。
「……おかしい。あいつら、私たちの位置を正確に把握していた」
「偶然じゃないのか?」
「偶然なら、外環区全域で包囲なんてできない」
嫌な予感が胸を締めつける。
裏切り者がいる――そんな言葉が頭をよぎった瞬間、耳元で低い声が囁いた。
「やっぱり来たな、異邦人」
振り向くと、赤いマントを羽織った男が立っていた。
燃えるような瞳と、刃物のように鋭い笑み。
「紅蓮反乱軍、外環区連絡役……ハルドだ」
彼は短く顎をしゃくる。
「裏道が欲しいんだろ? だが条件がある」
「条件?」
「俺たちの仕事を手伝え。報酬は裏道と……一つの真実だ」
その瞬間、再び騎士団の足音が迫ってきた。
ハルドは笑い、背を向ける。
「選べ。今すぐ死ぬか、俺についてくるかだ!」
迷っている暇はなかった。
僕たちは赤いマントの背中を追い、暗い路地の闇へと飛び込んだ――。