第13話 迷宮都市の三つの旗
都市の上空は、常に赤黒い雲に覆われていた。
中央にそびえる巨大な塔は、雲を突き抜け、頂上から光の柱を放っている。
その光こそが《時の核》の力であり、都市全体を支配する理由だと、リリアは言った。
「この都市には三つの旗がある。
一つは“統治”を掲げる者。二つ目は“解放”を求める者。三つ目は“永続”を誓う者だ」
僕と彼女は、リリアに導かれて塔の見える丘の上にいた。
黒猫アルタイルは相変わらず無言だが、尻尾の動きがやけに落ち着かない。
「まず、“統治”の旗。これは《蒼鎧騎士団》と呼ばれる勢力が掲げている。
彼らは都市の秩序を守ることを口実に、核の力を自分たちだけで管理しようとしている」
リリアの指差す先、遠くの大通りを銀色の鎧を着た騎士たちが行進しているのが見えた。
槍と盾を持ち、統率の取れた動き。まさに軍隊だった。
「騎士団長は、元はこの都市の外から来た英雄だと言われている。
だが核の影響を受け、今では支配欲に取り憑かれている」
「次に、“解放”の旗」
リリアの声が少し低くなる。
「これは《紅蓮反乱軍》。都市に囚われた魂を全て解放し、核を破壊することを目的としている」
反乱軍の拠点は、都市の外縁部に広がる廃墟群だという。
そこでは焚き火の炎が夜通し揺れ、歌と笑い声が響いているらしい。
「彼らは自由を信じているが、核を破壊すればこの都市は完全に崩壊する」
「……崩壊?」
「迷宮都市は、核の力で存在を保っている。壊せば全員が消える」
「そして最後、“永続”の旗」
リリアは小さく息を吐いた。
「これは《守護者》たちが掲げている旗だ。彼らは核を守り続け、都市を永遠に存在させることを目的としている」
その中には、あの親友もいる。
だがリリアは言った。
「守護者の多くは自らの意思ではなく、核の力に縛られている」
「つまり、操られているってことか」
「そう。そして、その鎖を断ち切る方法は――まだ見つかっていない」
リリアは丘を降りながら、都市の構造を説明してくれた。
迷宮都市は同心円状に広がっている。
外縁は《外環区》と呼ばれ、廃墟や市場が入り混じる無法地帯。
その内側は《中環区》、統治勢力が支配する居住区域。
さらに中心には《内環区》、守護者たちと核の塔がある。
そして塔の地下は――迷宮の最深部、《時の底》。
「塔へ行くには、中環区を抜け、守護者の許可を得なければならない」
「許可って……通してくれるわけないよな」
「ええ。だから、裏道を探す」
夜になると、都市の赤黒い雲が薄くなり、月の光が差し込む。
リリアは僕たちを廃墟の一角に案内し、そこで火を起こした。
「明日、紅蓮反乱軍の連絡役と会う。彼らは裏道を知っている可能性が高い」
火の揺らめきの中、アルタイルが初めて口を開く。
「……三つの旗は、それぞれ正義を語る。だが核を手にする時、人は必ず変わる」
低い声が夜気に溶け、妙に胸に残った。
「君はどうする?」とリリアが僕に問う。
「選べない」僕は正直に答えた。
「ただ、あいつを……親友を、元に戻したい」
リリアは火を見つめながら、小さく笑った。
「なら、まずは生き延びなきゃね。選ぶのはその後でも遅くない」
翌朝、僕たちは外環区の廃墟市場へ向かった。
だがそこに待っていたのは、反乱軍の連絡役ではなく、蒼鎧騎士団の追跡部隊だった――。