特別編 月下の導き手
八月十三日。
永遠の繰り返しが終わってから、一週間が経った。
屋敷にはゆったりとした時間が流れ、私とリオネル様は初めて「普通の明日」を迎えていた。
午後、庭でお茶をしていると、足元に柔らかな毛並みが触れた。
黒猫アルタイルだ。
「やあ、まだ元気そうだな」
その声は、いつもの皮肉めいた調子だったが、どこか安心しているようにも聞こえた。
「アルタイル、本当にありがとう。あなたがいなければ――」
「いや、俺は道を示しただけだ。選んだのはお前たちだ」
そう言うと、彼はしばし私の膝に前足を乗せ、琥珀色の瞳でじっと見つめてきた。
その瞳に、不意に百年前の青年の面影がよぎった。
「……もしかして、あなたは」
「察しがいいな」
黒猫はふっと笑うように目を細めた。
「百年前、お前たちの誓いを見届けられなかった第三の者……そして、罰としてこの姿で百年を彷徨っていた」
「じゃあ、やっと自由に?」
「ああ。お前たちが誓いを果たしたおかげで、俺も役目を終えた」
次の瞬間、アルタイルの姿は月光に溶けるように淡く輝き、人の形へと変わっていった。
そこに立っていたのは、白銀の髪を持つ青年。
「ありがとう……これで、やっと眠れる」
そう告げると、彼は柔らかな微笑みを残し、光となって消えた。
夜、リオネル様と並んで月を見上げながら、私はつぶやいた。
「彼も、百年越しに自由になれたんですね」
「そうだな。……だが、俺たちはこれから百年以上、一緒に生きる」
その言葉に私は笑い、肩を預けた。
月は穏やかに輝き、もう何も奪わない光を降らせていた。