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破戒の騎士 ー白銀の光と黒鉄の剣ー  作者: 水落 舜
第一章 忍び寄る影
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9.エーテル実技

 ロイドたちがファイと知り合った、あくる次の日の昼日中。午後時間の開始を告げる鐘の音とともに開かれた、第5授業――。


 強烈な橙色の光がイザークの手の中で眩く一閃すると、途端ロイドの身体は見事なまでに背後へと吹っ飛ばされていた。


 「うわ!」


 たちまち背中から広々した体育場の固い土床へ思いきり叩きつけられ、一瞬息が出来なくなったほどのショックが全身を襲う。頭をそれほど強く打たなかったのが、むしろ奇跡中の奇跡だったくらいだ。


 「イザーク、やり過ぎよ!」


 それゆえだろう、2人のエーテル実技を周囲から見守っていた他の18人の生徒たちのうち、中でもソフィーが慌てて友人の元へ駆け寄り悲鳴に近い抗議イザークへたまらず放ったのは、あまりといえばあまりにも当然の行為なのだった。


 「へへ、こりゃ悪い悪い、力の加減誤っちまったかな?」

 「何言っているの、わざとエーテルの光量増やしたんでしょ?!」

 「へん、知るかよ。そもそも今は実技の時間だぜ? こいつがエーテル防げなかったのが悪いんだ」

 「そんな……!」


 かくていつもの通り地面に倒れたロイドをよそに急遽始まった、とにかく反りの合わない同士の怒鳴り合い。その場にいた威厳ある教師ですら一瞬止めに入るのが遅れたくらい、それは瞬く間に激しくなり、しかも今日に限ってはさらに止まるような気配が一欠片もなく――。


 「お、おい、お前らやめろ、授業中だぞ!」

 「大体エーテルの使い過ぎは禁物だって――」

 「そんな大した量使ってねえよ、ロイドが弱っちいだけだ!」

 「何よその言い方、本当にムカつく!」


 結局その教師を除いては、生徒は皆遠巻きに口を挟むことさえできず、ただ見ているだけのありさま。いや、中にはポールやダビドのように、仕方ないなという顔をしつつそれでも前へ出てこようとした者もあったのだが。


 「痛ててて……」

 「あ、ロイド、大丈夫?!」

 「そんな心配しなくても……」

 「とにかく、すぐクレオナさんとアトリさんの所へ!」


 いずれにせよ少年がようやくにして呼吸整え、それを見たソフィーがすかさず彼の身体抱え起こす行動取らなければ、その終わりの見えない戦いは延々と夜まで続くかと思われたのであった。


 「け、あの下卑にせいぜい手厚く介抱でもしてもらうんだな!」


 その身へイザークから放たれた憎らしいにもほどがある一言、まともに避ける術なく浴びながらも。


 「こんなことして、絶対にただじゃ済ませないから!」


 むろんソフィーはソフィーで決して負けじと言い返し。


 「おお怖! こりゃ本当に怒ったぜっ」

 「ロイドのお守も大変だ!」

 「はは、違いねえ!」


 こうしてエーテル実技と銘打った授業は騒がしい罵り合い合戦のうちにいったん仕方なくも休止し、それなりに傷負ったロイドは教師の命じるまま結局大事を取ってソフィーとともに体育場の外へと歩み去って行くこととなったのである……。


                  ◇


 「まあ、これはえらくひどいやられ方ね」


 神学院中庭の一隅にある小さな小屋へ少年と少女が入って来るなり、白髪の女性は大仰に声を上げた。もっとも、その声音とは裏腹に表情の方は至って穏やかかつ明るい。むろんそれは一目で怪我の具合確かめたゆえだろうが、しかし同時にこうした事態――特にロイドに関して――は日常茶飯によくあり非常に慣れている、ということも実に大きいに違いなかった。


 「またイザークが手加減しなかったの、何なの、あいつ!」


 もちろんだからといって血の気が多いソフィーがすぐ気を休めてくれるはずもない。彼女は傍らの少年を女性手前の椅子にストンと座らせると、むしろより一層目を三角にし、なおかつまくし立ててさえきたのだから。


 「アーレム一の商人の家だか何だか知らないけど、偉そうにしちゃって。本当嫌な奴!」

 「あら、ここは学院よ、そんなこと他の人たちに聞かれたら……」

 「クレオナさんの言う通りだよソフィー、とにかくいったん落ち着いて」

 「ロイドまでそんなこと言わないで、あなたがやられたのよ!」

 「は、はい……」


 かくてその鋭鋒は危うくロイドにも襲いかかる所で、そんな少年が知らず首竦めたのは言うまでもなかった。結局彼はそのまま勢い失い口も閉ざしてしまい、代わってその机と三脚の椅子、そして端にベッドの置かれた粗末な室内にいたもう一人が何とかソフィーの怒り静めようと最後に声掛けてくるのを、しばし待たざるを得なかったのだ。


 「はは、いくら若気の至りとはいえ、確かに余りの仕打ちだな。ただ恐らくイザーク君も自らのエーテルの力持て余しているのだろう、君らの年頃になると、よくある事態さ」


 それは赤銅色の肌持った、30前後と思われる男性。やや長めの黒髪に黒い瞳、精悍な顔立ちで、180手前くらいはありそうな体躯を、茶色のローブで覆っている。

 ソフィーの眼がつとそちら側、小屋右手奥にある薬棚前へ悲しそうに向けられた。


 「アトリさんもイザークの肩持つの? ただのいじめっ子だっていうのに!」

 「むろんいつもロイド君にきつく当たるのは大問題だが、しかし今日のエーテル騒動はまた別枠ということさ。それくらい、これは力加減が微妙なこと。……まあ俺は、それにクレオナもエーテルがほとんど使えないから、そこまで詳しくは知らないんだが」

 「いや、それは……」

 「とにかくロイドの怪我は大したことないみたいよ。ソフィーもひとまず矛を収めたらどうかしら」


 すると前に座るロイドの様子しげしげ見つめながらクレオナが口を挟んできた。青のワンピースと腰の白帯が涼やかなアトリと同齢くらいの娘。それはまさしく医療者の持つ、冷静にして正確な眼というやつに他ならなかった。


 「――うん、まあ、そうね。私もちょっと熱くなり過ぎたかも」

 「ふふ、今お茶を入れるから、それで落ち着いて。もちろんその間に、ロイドの傷はもっと詳しく診てみるから」


 そうして少年の身体へ少し触れつつも、緑目とよく日に焼けた肌した女性は、自身しごく落ち着きはらった様子で少女へ声を掛け。


 クレオナとアトリ。

 この二人は先ほど学院外にある体育場でイザークがいみじくも語っていたように、アーレム市民の中の最下層、そう、下卑をその出自とする者たちだった。当然真理値低い彼女らはエーテルほとんど使用することができず、本来その時点で蔑まれるどころか貴種区以上まで来ることも叶わない存在だったが、しかし特に独学で医術の腕磨いたクレオナが開明的な学院長の目にある日止まり、その結果2年前より、助手役のアトリとともにここで医者として働くようになったのだ。むろん生まれ育った環境の問題大きくクレオナが施せるのはあくまで初期の基本的な治療のみだったものの、日々授業だけでなく遊びなどでも怪我の多い学生たちにとってその的確な腕重宝したのは確実で、よって今や彼女らはパルメニスにおいて間違いなくかけがえのない存在とまで化していたのである。

 もちろん、中にはイザークのように決して心開かぬ者もいくらかいたとはいえ。



 「これでよし、と」

 「……冷たい」

 「ふふふ、それはこの水晶花の薬が効いている、何よりの証しよ」


 ――十数分後、クレオナはロイドの打ち身の部分へしっかり特製薬塗ると、安心させるように穏やかに言った。むろんソフィーに言った通り、薬の量に関してはさほどでもないようだった。


 「クレオナの薬草は良く効く。まあ今日は、寮で静かにしていることだ」


 そして加えて大らかに告げるアトリ。クレオナとは恋人同士だともいうが、しかしそのことを彼ら自身が明らかにしたことはいまだない。いずれにせよ、その作業見るだけでなかなか息の合ったコンビだということはまず確実だったのだが。


 「寮……ですか?」

 「そうよ。さすがに怪我をした身体では大変よ。先生には私の方から報告しておくから」

 「何、一晩ぐっすり眠ればすぐ治るさ」

 「はあ……」


 もっとも少年の方は二人がそうやってありがたいくらいに気を使ってきてくれても、妙に浮かない顔。特に寮へ戻るという提案に対しやや異論ありげで……。


 「どうしたの、ロイド? 授業合法的に休めるからいいじゃない」

 「いや、でも」

 「? 休みたくないの?」


 ゆえにその態度は怪訝な顔したソフィーに何とも大胆な質問までさせ、途端クレオナたちは苦笑零していたのだった。


 「いや、だから休むとかじゃなく」

 「じゃあ、何が気になるの?」


 そして僅かな間の後、はたして少女が焦れたように問いを重ねてくるといよいよ面赤くさせ、



 ガメリオンの月(7月)の一日、青い空では盛時へ向け真夏の太陽がその強烈さ増し行かんとする中。


 「6時間目は神話の授業だから、できれば出席したくて――」


 ――そしていかにももじもじと、しかもようやく小さな声で、ロイドはソフィーの視線受け答えていたのである。

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