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破戒の騎士 ー白銀の光と黒鉄の剣ー  作者: 水落 舜
第一章 忍び寄る影
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8.信仰と秩序の国

 今では遠き古史となりつつある<教化>以前の時代、錬金術で変成したおぞましき『化生』たちの力もって想像絶するほどの隆盛極めたディクロート帝国が、しかしついに200年の栄華の果て業火の中へと滅び去った後。


 ――神聖暦53年。

 それまで西方の小さな一勢力でしかなかったアクトリアス教国は、帝国に成り代わって開始された布教という名の大征服活動の後、今や広大で豊かさ誇るエクサリア大陸のそのほとんどを支配するまでに化していた。

 聖戦。

 教国軍は狂熱ともいえる信仰心に導かれるまま、帝都攻略後連年のごとく次々と歴史ある大国の数々滅ぼし、その領土を余すところなく奪い取ってきたのである。

 そう、時として酸鼻極めた、歴史に残るような冷酷無比なる大虐殺まで引き起こして。

 それもただ、自らの教え完璧に広めんがために。


 ……錬金術。神の元に近づく、いや神そのものになるための、どこまでも秘められた偉大なる技の真実を。


 そして何よりもそれこそが、アクトリアス教会の信ずる、唯一無二の悦ばしき知識にして、貴く光輝なるグノーシス。

 あらゆる物質を、たった一つの究極法則=条理のもとに収め、意のままに操作せんとする。

 それはまさしく選ばれた者のみが使える、神聖にして禁じられた技術であろう。

 教えに深く、真摯に帰依した賢者以外、僅か近づくことすら許されぬ――。


 むろんただでさえ化生の驚異に震える毎日送っていたかよわき民草が、堰を切ったように皆一斉にそうした不死と万能謳う教え競って請うようになっていったのは、むしろあまりに必然過ぎることだった。何よりいつしか貧富老若を問わず人々の目には、教会率いる錬金術師たちは美しき福音の運び手として、げに眩く映っていたのだから。


 「全ての民は、我らが錬金術によって必ず救われなくてはならない」


 ――かくて聖都に栄光抱いて座すあの偉大なる<五大天使>たちが、いみじくも荘厳とそう告げ知らせたように。

 それ以外には、真の麗しき救済の道など絶対にありえない、と。

 すなわち、このアクトリアス教を除いては、真理の教えは他に一つたりと存在するはずがない……。


 もちろんその教えがもたらす全ては、この宇宙まことしろしめす、至高体=唯一なる神の御許へいつの日か飛翔せんがためのもの。


 世界の深淵のさらに奥中へ隠された、真の栄えある知識、アルス=マグナを手に入れんと。


 そしてそれゆえにこそ、教国の真理希求する正しき戦いはいまだ果てることも休まることも一瞬とてなく、


 そう、まさしく言葉の通りとこしえなまでに、ただひたすらと決して衰えることなく、いつまでも、永劫の炎のごとく続いていくはずなのであった――。


                  ◇


 アクトリアス教会は精緻を極めた完璧な階級制組織だった。

 最高権力者たる教主を頂点として、その下に五人の秘師(アルコン)、すなわち<五大天使>、そして祭師(メイガス)導師(アデプト)と、教会に属する機密錬金術師は皆完全に一つの巨大なピラミッドを構成していたのである。

 すなわち聖都に君臨する秘師。

 大陸を24の大教区に分け、そのそれぞれを支配する祭師。

 大教区下、より細かく分けられた小教区を治める導師。

 これこそが50年に渡る戦いで教会が築き上げた、隙間なき支配体制――。


 むろん階級がより上位へ行くほど、一般の民草にとっては遥か遠い存在となるのは言うまでもなく、従って教会の支配システムはそうした民衆にもっとも近い、地方小教区を統治する導師たちをもってその末端としていた。

 すなわちそれは領土支配のための先兵。普通の民が間近で目にすること可能な、まごうかたなきあの<奇跡>の実践者。何よりいまだ外の世界を跋扈する恐るべき化生たちとの戦いの際には、先頭となって指揮に当たる。

 それゆえほとんどの人々にとって、我が国、故郷と言えば今やまずこの小教区のことを鮮明に指すのは、わざわざ言うまでもないのだった。


 そう、それは例えば、エクサリア大陸北東部、リュキア海に対して槍のように鋭く突き出たメルサス半島。かつてのディクロートの州の一つで、大アクトリアス教国にとってはいまだ辺境ともいえるその領域に置かれた、大教区リュカオニア服属下の、レムニアと呼ばれた一小教区のように。


 そこは低い丘と低地とが緩やかに起伏する独特の景観持った、気候としてはやや穏やかな大地。東海の暖流の恩恵により年間を通じて寒暖の差はさほど大きくなく、また降水量も比較的少ない。高山もなく、ただ森が広がり幾つか川が流れる、移動も容易な緩やかな地勢といえよう。

 そんな地形の利を受け、産業としては農耕、漁業、そして商業ともになかなか発展した、ある意味均整のよく取れた豊かなる土地。加えて大陸南部に比べれば、反乱などの動きも極めて少ない……。


 はたしてその風光明媚なレムニアの中心にあって民を治め、かつ管理する主都となるのが、ロイドたちが住まい、また今まさしく謎めいたボルグ事件に揺れ動いている、件の都市アーレムに他ならなかったのである。


 赤子から計測したエーテル量=『真理値』によって、生まれた時よりその人のあらゆる人生に関わってくる刻印、つまりは下卑、衆生、侍人、貴種、聖家、属すべき階級が、例外なく全て決定されてしまう街、


 ――光の錬金術師、導師シメオン=ゾア=ハルの、その完璧なまでに計算し尽くされた統治下にある、別名『五段の階梯都市』に。

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