6.異邦の青年(3)
――かくて数分後、学生寮のある馴染の貴種区へと続く道には、心なしか並んで揚々と進むロイドとソフィーの姿があった。
むろん青年との再会及び初顔合わせは何とか果たしたものの、最大の目的たるボルグ事案についてはまだ一言さえも伝えられていない。そもそも彼はどこか先を急いでいるようでもあったので、あれ以上足止めするのはどうしても憚られてしまったのだ。
「あ、僕はロイドといいます。そしてこの子はソフィー!」
ただし、青年が去り際、ロイドは最後にこれだけはと慌ててその背中へ呼び掛けている。
そう、それくらい、せめて自分たちのこと認知して欲しい、その声はそれゆえの咄嗟の判断であった。今度いつ会えるか、まったく予想できないということもあり。
「……」
むろん遠ざかる相手からは案の定大した反応返ってこなかったものの、そんなことまるで構わず、ただ名前伝えられただけでロイドたちの充実感は今十分満たされている。
何より、これで何とか僅かながら縁らしきもの結ぶこと適った、と二人には確かに思われたのだから。
「ロイド、何だか嬉しそう」
「そ、そうかな、気のせいじゃない?」
「ふうん」
それゆえ、行きよりは大分気が楽なこともあり、帰り道彼らの会話も分かり易く弾みさえ見せていたのだった。
「でも、どこの国の人なんだろうね」
「国? さあ、どこだろう……」
「マギルとかカリュとか、南の方かな?」
「そうかもね」
むろんその内容は完全に件の青年――へファイスティオンと名乗った――で一色。特に今はなぜかロイドよりも、ソフィーの方がワクワクしている感がある。
特にその言葉の通り、彼女にとっては青年のあの異国風露わな雰囲気が大変興味深かったようなのだ。
「見たことない不思議な服も着ていたし、きっと遠い所から来たんだろうな……」
まるで遥かなるその国の情景間近で見えているかのように、半ばうっとりと茶色の瞳輝かせながら。
「ヘファイスティオンさんか。それにしても長い名前だね」
と、そこでロイドがやや気を落ち着けて口を挟む。もちろん彼としても気分の高揚抑えられなかったとはいえ、傍らの少女に比べれば多少は平常へ戻っており、それはどちらかと言えば冷静な一言に違いなかった。
「――そうね、確かにすぐには言いにくい」
「呼ぶときも舌をかみそう。また会っても、ちょっと困るな」
「フフ、そんなことしたら、怒っちゃうかも。――そうだ!」
かくて半ば期待値こめロイドがそう零すと、ソフィーもにこやかに応じ、そして彼女はふといいことを思いついたと表情パッと明るくさせる。その面見たロイドが思わず物問いたげな顔示したほどの、それはいかにも喜色に満ちた顔色なのであった。
「呼びやすいように、愛称使わせてもらおうよ」
「愛称?」
「うん。もちろん次に会った時は、ちゃんとヘファイスティオンさんから許可も取らないといけないけど」
そうしてふっと彼女は目を閉じ、脳裡にその「丁度いい」呼び方浮かべようとする。しかもあの青年の美貌同時にまざまざと思い出しているのはほぼ間違いなく、頬を赤らめつつ。――むろん当事者ながら傍にいるロイドとなると口を挟む隙もなく、半ばポカンとさせたまま。
侍人区のただ中で、しこうして寄り添うようにふと立ち止まったのは、さも愉しげな様子した二人の小さな学生。周囲ではいよいよ仕事始まりと商人や職人の掛け声、ただし下層とは明らかに趣異なって騒々しくなってきた中。
「よしっ」
……もっとも、今咄嗟に多少考慮したとはいえそんな愛称に関する大体のアイデア、あの邂逅後僅かの時間のうちにソフィーの中ではすでに生まれていたのだろう。すなわちその証拠にそれから僅か数瞬も経たずして。
「ファイさん、あの人のことはこれからそう呼ぶことにしよう!」
――まだ朝の空気色濃く残る、衆生区に比べれば遥かに明るく開けた路地に、やがて少女は溌剌とした声音きらきらと勢いよく響かせていたのである。