私が歩き始めた日
主人公の和瀬晶哉は、半年に及ぶ監禁生活で希望を失っていたのだが・・・。
この物語は主人公が数多くの異世界とつながっている世界で、仲間と共に未来への道を作ろうとする物語
この作品はハーメルンにも投稿しています。
この世界は私には関係のない魔法と科学はあっても、一番大事な希望はない。そんなことを考えながらでベットの上で寝っ転がり、ゴロゴロと転がる。だが、それも数回でベッドから起き上がり、もう1週間ほどいる私の監禁部屋を見る。部屋は大きく、一般的な寝室の10倍はあるだろう。
「……死にたい。」
そんな物騒な言葉が思わず口から出る。けど、私には自殺防止の魔法がかけられている……やろうとしても、できないんだろうな。
息をこれでもかと深く吸い込み、吐いた後、『落ち着くんだ私』と、心の中で自分に言い聞かせる。
監禁生活が始まったのは今から半年前のこと。ある日一人で留守番をしていたら急に知らない人が窓ガラスを破って入ってきたかと思えば、目隠しをさせられ、気づいた時には見知らぬ建物であった。
しかし、まあ人間とは不思議なもので、3週間で自由も名前も奪われたこの状況に慣れ、もうどうでもいいや。と、家族に会いたいとか、そういう未来のことを考えずにただ死んだように生きていく術を身に着けた。
「メルリー!」
扉の向こうから声がする。さあ、運命の時間の始まりだ。
「はーい!」
私はできるだけ甘ったるい声を出しながら扉を開ける。
「メルリー。この方が君を引き取ってくれるかもしれない人だ。丁重にもてなすように。」
黒い服を着た人が隣にいる20代ほどで、大きめのバッグを持っているスーツを着た人を紹介する。
ああ、どうせあのバックの中には私を買うためのお金がたんまり入っているのだろう。
「わかりました。メルリーです!よろしくねっ!」
また甘ったるい声を出す。もしここで買ってもらえなければ『処分』されるかもしれない。
扉が閉められ、部屋の中にいるのはスーツの人と私の二人だけになる。
「お客さん、メルリーは貴方に何をすればいい?」
スーツ姿の人に聞く。その人は私を数秒見た後、口を開ける。
「唐突に申し訳ないが、君は和瀬くんなのかい?」
「え……?」
今……私の苗字を言ったのか?初対面の人が?
「ええっと、和田 晶哉くんだよね?」
私の中の時が止まる。スーツ姿の人は私の下の名前までピタリと言い当てた。なぜだ、なぜこの人は私のことを知っている?
「日本出身で、半年前誘拐されて、15歳の……。」
しかも追加された情報まで合っている。
「そ……そうです。」
目の前の人に何とか返事を返す。
「よし、ありがとう。私はヴィグス・スコット。君を助けに来た。」
「助けに……?」
そういえば、この前、同じことを言った人がいた。その人が言ったことは結局ウソで、殴られて終わったけど。
「安心してくれ、私は君を助けに来たんだ。」
私が混乱している間、スコットと名乗ったスーツ姿の人は持っていた鞄をベットに置き、服を取り出す。
「さあ、バスルームでこの服に着替えてきな。そのけばけばしい、露出の多い服にはうんざりだろう?」
かがんでジーパンとシャツを私に渡し、バスルームのほうを指さす。
「はい。」
そのまま私はバスルームに向かい、扉を閉めて着替え始める。
スコットさんはとりあえず私をまだ買う気でいるらしい。そんなことを考えていたらあっという間に着替え終わった。
鏡の前でクルクルと回り、着こなしをチェックする。あの人から無理やり与えられた服とは違い、よく自分に似合っているような服だと感じた。
「スコットさん、着替え終わりました。」
私は扉をガラッと開けて言う。
「わかった。早速で悪いが、和瀬くん。私を信じてついてきてくれ。」
……あれスコットさんが右手に持っているのって。
「ああ、これかい?驚かせちゃてごめんね。これはKester S9っていうピストルだよ。」
ほら。と、持ってるピストルを私に見せる。全長は180mm、重さは700gほどだろうか。ずっしりと黒く、鈍く光っておりその禍々しさに後ずさりしてしまいそうだ。
「な、なにをするおつもりでしょうか。」
ここまでサディスティックな客だとは思わなかった。ああ、この部屋が私の墓場なのか。
「えっと、君が思っているようなことはやらないよ。」
「本当ですか?」
「本当。」
スコットさんは私の目を覗いて言う。
部屋の外には40体の全身を兵器化して、一秒で5人殺せる大量の人造人間たちがいるというのにどうやって出るというのか。
「さてと、出ようか。この忌々しい部屋から。」
扉を開け、私を手招きする。
「……はい。」
そして、今起こっていることが信じられずに扉の外に出た。
「お客様。」
後ろから丁寧だけど背筋を凍らせるような声がする。声の主はさっきスコットさんを連れてきた黒い服の人。
「申し訳ございませんが従業員の持ち出しはご遠慮ください。」
「はっはっは、言うではありませんか。あなた方が先に彼を祖国から連れ出したくせに。」
その言葉に、にこやかな表情をしていた黒い服の人が無表情になる。
「では、お客様。規約違反により、あなたを処分します。」
気が付くと細長い廊下の両端に、予想を上回るほどの改造人間たちがいる。もうだめだ、スコットさんは殺されて私はまた地獄の日々に逆戻りだ。
「お客様、さようなら。」
改造人間が一斉にこちらに向かってくる。もうだめだ、死ぬんだ、今、ここで。
「う~ん和田くん。目をつぶって耳をふさいでいること。」
え?と、思いつつも言われた通りにする。その直後すぐ近くに何かが向かってくるような感覚と、何かが頬にくっつくような感覚が何度もする。
「もういいよ。」
目を開けるとそこにはおびただしいほどの改造人間だったものと、怯えている黒い服の人。
しかし、それでもスコットさんは無事では済まなかったようで、血という血が噴き出している。
「さてと、私はあなたになど用はありません。失せなさい。」
「ひ、ひいっ!」
今、何が起こったんだ?
あの大量のとてつもなく強い人造人間たちを短時間でスコットさんは倒したというのか!?
どうやって……普通の人間の範疇を軽々と超えている。
「さてと、出よう。」
スコットさんは血でベトベトになった手で手招きする。
「……すいません、やっぱり嫌です。スコットさんは私だけおいて逃げてください。」
「な、なんでだい?」
「気持ちはうれしいんです。半年間、私はこの世に存在する暴力という暴力をこの体と心に叩き込まれました。もし、あなたが来てくれなかったら首を吊って死んでいたことでしょう。私は、今、この瞬間救われて、嬉しいし、安心した。けど。」
気持ちを整理して、ゆっくりと話し始める。
「あなたはわかっていない!私を誘拐した組織は強大で、残酷なんですよ!私がいたらあなたに魔の手が伸びてしまう!」
ああ、どうせ失望されるだろう。一人を助けるために大勢の優秀な仲間を引き連れて来たのに、怒鳴り散らされるなんてたまったものではない。このまま捨てられて終わりだ。
私は目をぎゅっと瞑り、手を固く握ってうなだれる。
「……なら……一緒に潰さないかい?君を誘拐した組織を!」
けど、目の前にいる人はそれでも救おうとする。
「そんなこと……。」
無理だ、無理に決まっている。けど、いけるのかな……この人と、その仲間と一緒なら。
「もし、君が協力してくれたら他に誘拐された人も助けられるかもしれない。けど、協力してくれなかったら誘拐された人はそのまんまで君はまた同じ目、いやもっとひどい目に遭ってしまうかもしれない。大丈夫、できるさ。私以外にも仲間はいる。日本にも協力してくれる人がいる。大丈夫、信じて。それにね、私はとんでもなく強いんだよ。だから、どうか私の手を取って共に歩んでくれないかい?」
スコットさんは私に血だらけの手を伸ばして言う。到底不可能そうな目標、さっき会ったばかりの人物。前の私だったらここで手を振り払って部屋に戻り、扉の鍵をかけただろう。
だが、なぜだか、今はその差し出された手を取りたくなってしまった。
どうしても、私はまた未来に向かって歩いていきたいと思ってしまった。
「どうか、お願いします。」
私はいつの間にかその人の手を握っていた。
「わかった、それじゃあ出ようか。」
そのまま連れられて外に出る。久しぶりに感じる日光とさわやかな風が気持ちいい。目を閉じ、耳を澄ますと遠くから鳥の鳴き声が聞こえる。
「さて、なにが食べたい?」
「えっと、その前にここはどこですか?」
「具体的な地名を言ってもわからないだろうからイギリス南東部。とだけ言っておこうか。」
それなら……
「油がギトギトのフィッシュ・アンド・チップスが食べたいです。何しろ食事制限をされていて大して食べていなかったので。」
「そうか。じゃあ食べに行こうか。そのあとはゆっくりこれからのことを話し合おう。」
「改めてよろしくお願いします。」
「こちらこそ。」
目の前に一台の黒い車が止まり、私たちはそれに乗り込む。
これから私には多くの試練と悲劇が待ち受けているだろう。それでも、私は未来に向かって歩き始めた今日という日を大事にして歩いていく。もう止まるものか。