お願いですから、イケメンを選んで帰ってください!
「いやよ」
目の前で麗しい微笑みをたたえた、美しい姿をした悪魔は、今日も手鏡で夢の外の世界をみせるシルビアに駄目だしをする。
悪魔は背まで流れる銀色の髪に紫水晶を持つ、一見すると儚くさえみえる美少女だが、口から出る言葉は貴方のふっくらとした桃色の唇から出たんですか、と聞き返したくなるくらい苛烈なものだ。
荊で覆われている城の入り口で周囲を見渡しているのは夢を司る妖精、シルビアの囁きに惹かれてきた、見合い相手のひとり。荊に包まれた城の中で美しい姫が眠っている、姫を救えるのは貴方だけしかいないと、シルビアの言葉を信じた、他国の騎士団に勤めている青年だ。
艶のある黒髪に惹きこまれそうな深い青の瞳。
シルビアのイケメンコレクションの中でも、一推しの青年。もしも、彼が姫を目覚めさせることが出来たら、結婚詐欺で訴えられる前に、シルビアはとっとと姿を消すつもりでいる。
そろそろ、城全体や周囲にかけられた呪いも百年の時が過ぎ、城で眠っている人たちの目は覚めるだろうが、このままでは姫だけがベッドでグースカと眠っているという状況になってしまう。
「えっ! でも、姫。今までのなかで一番、格好良くないですか? あの人が眠っている姫に口づけをすれば、私もあなたが夢の世界から出てくれて万々歳。姫もイケメンのキスで目が覚めて、ハッピーエンドってやつじゃないですか!」
シルビアの言葉のなにが気に障ったのか。
姫は口角をあげると、シルビアの顎を親指と人差し指で軽く、持ち上げる。
「ねぇ、シルビィ。よーく見て? あの男と私、どちらが綺麗かしら?」
これは選択肢を間違えてはいけないやつだ、とシルビアにも分かる。
「も、もちろん、ひ、姫。ルイーズ様です!」
「でしょう? だから、今回も私の勝ち」
ルイーズはシルビアのとめる言葉も聞かず、青年を荊の力で攻撃する。
手鏡に映る男性は服を切り裂かれながらも、城の入り口に近づくことも許されず、逃げ帰ってしまった。
今日もまた負けた。
相変わらず、城は荊に包まれ、姫は楽しそうにシルビアの顎下を猫にするように摩ってくる。
どうして、モブ妖精だった自分がこの国の王女とこんなに関わる存在になってしまったのか。
シルビアは泣きたくなった。
*
シルビアが二度目の人生として目覚めた世界は、『いばら姫』をモチーフに連載されていた、Web小説の世界だ。
この国には双子の王女がおり、姉姫は聖女の化身かと思うくらい清らかな性格をしていたが、反対に妹姫は母親のお腹に全ての良心を置いてきたのではないかと思うくらい極悪非道な性格をしていた。
悪役王女とは、まさに彼女のことだ。
彼女の恐ろしいところは、自分がいつか、この国の女王となるため、いつかは姉姫を暗殺しようと思って、幼女の頃から行動をしていたところだ。
姉姫を蹴落とすため、善良な振りをし、周囲には姉が自分を苛めるのだと思わせていた。
しかし、妹姫の婚約者だけは、そんな姫の本性を見抜く。
ある日、婚約パーティーで皆の前で婚約破棄を告げた妹姫の婚約者は、そんな性悪で質の悪い女よりも、自分は愛している姉姫を選ぶと告げる。
妹姫は彼の言葉に高笑いをすると、城全体に邪悪な魔法をかけた。実は彼女は王家に恨みを持つ妖精の生まれ変わりだったのだ。
姉姫たちは妹姫の力で眠りにつき、城全体や周囲の街は荊で覆われ、時が止まるが時代と共に呪いの力が削ぐわれていったと書かれたところまでで長年、更新が止まった。
きっと、妹姫はざまぁをされ、婚約者の口づけで城の呪いも解けたのだろうと前世のシルビアは結末に予想をつけて画面を閉じた記憶がある。
ちなみに小説のシルビアはモブ妖精。
夢を司る妖精として、幼いころは姉姫の友達として、彼女が妹姫にいじめられたときには慰めていたキャラクターだった。
姉姫が成長したあとは、荊が城に覆われると同時に、姉姫を自分の世界へと逃したので、姉姫が目覚めたときに困らないよう教育をするとだけ書かれていた。
しかし、モブゆえか。あまり出番がないキャラクターだった為、実際、彼女がどんな子だったのかは、シルビアが彼女に成り代わってしまった為、謎のままだ。
*
「……お前。大臣のところのやつか?」
「は、はい⁉︎」
ある日。自分しかいないはずの世界、ベッドの上にひとりの美幼女が座っていた。幼子はシルビアを今にも射殺しそうな目つきで睨みつけてくる。
この子が小説に描かれていた、双子の姫の片割れだろうか。
シルビアにとっての問題は、姉か妹のどちらの姫かということだ。
シルビアが油断をすれば、喉元を切り裂かれそうで、思わず、首に手を当ててしまう。
姫の姿をまじまじとみれば幼子の白い絹のドレスが血に汚れ、黒ずんでしまっている。小さく悲鳴をあげたシルビアは思わず、姫の腕を掴んだ。
痛そうに姫が顔をしかめたことに、シルビアは謝る。
「す、すいません」
シルビアはなにもない空間から、鋏とポーション、綺麗な布、包帯と治療に必要だと頭に浮かんだものをとりだしていく。
姫の目はまんまると不思議そうだ。
そんな顔をしていれば、可愛らしいのにと思いつつ、シルビアは既に破かれているドレスの腕部分を鋏で切りさいて血をぬぐって傷を消毒してから、包帯を巻いていく。
お餅のようにぷくぷくとした頬に手を伸ばしたいという衝動にかられるが、ことを起こせば爪で引っかかれるだろう。
姫はなにも言わず、シルビアを警戒したままだ。
他人には決して、馴染まない野良猫の相手をしている気分になる。
「あ、あのつかぬことをお聞きしますが、お名前は」
「なぜ、私が誘拐犯に名を教えなければならない?」
皮肉げな言葉でシルビアは、この美幼女が妹姫だと予想を立てた。
シルビアが包帯を巻かれ終えた途端、暴れだす姫の瞳を手で覆うと、幼子を現実の世界へと戻す。
現実世界を映す手鏡をみると、目を覚ました妹姫が怪訝な顔をして、暗闇の自分の部屋を見渡していた。
それ以降。何故だか、姫、ルイーズはシルビアの夢の世界へたびたび、訪れることになる。
ルイーズが来るたびに怪我をしていたので、シルビアは彼女の怪我の治療をした。
「どうして、ルイーズ様はお城のお医者さまに治療をして貰わないんですか?」
「治療だと言われて、毒を塗られてもおかしくないからな。下手な治療でもお前の方がマシだ」
「そ、そうですか」
治療をされたあとは自分の部屋では安心して眠れないからと、シルビアの膝の上で目を閉じた。
懐かない猫がようやく、自分に心を許してくれたようで、つい銀色の絹糸のような髪を撫でてしまう。軽く、瞳を開けたルイーズ一瞥しただけで、シルビアの好きにさせていた。
年を重ねるごとに初めは少年のような喋り方をしていたルイーズも、外見が美幼女から美少女に変わるころには礼儀作法の先生にでも徹底されたのか、令嬢が口にする言葉遣いへと変わっていく。
ルイーズと過ごすうち。シルビアが驚いたことは、性格の悪い〈妹姫〉だと思っていた、ルイーズが実は聖女だと描かれていた〈姉姫〉だったことだ。
いつも怪我をしてシルビアの世界に逃げてくる、姫のことが気になり、現実世界が見られる手鏡でルイーズの様子を探ったところ、彼女は同じ顔をした相手と食事をしていた。
一方の食事は新鮮なサラダ、蕩けるような柔らかい子羊の肉、湯気が立ったいる温かなそうなポタージュなのに、片方は固いパンと紫色の腐った色をしたスープ、残飯のような食事だ。
『あら、姉さまはお食べにならないの?』
ルイーズと同じ顔をした少女が困ったように、頬に手を当てる。
『……食欲がないのよ』
『まぁ。本当、姉さまったらわがままなんだから』
彼女が笑うと、他のメイドたちも一緒になって、楽しげに声をたてる。姉さまと呼ばれた姫は、ナイフの柄を震えた手で力強く、握っていた。
それ以降、シルビアが彼女が訪れるたび、手料理をご馳走したことはいうまでもない。
「ルイーズさま。今日は焼きたてのパンを作ってみました!」
「あのよく分からない亜空間から取り出したもの?」
「さすがに亜空間からは、食べものは出てきませんよ。私が人界に降りて、材料を揃えたんです」
「あなた、夢の世界からも出られたの?」
「……力を消費するので、あまり外に出たくないんです」
「引きこもりなだけじゃなくて?」
「そ、そんなことより、味見してみてください」
えっへん、と胸をはると、ルイーズはおずおずと、シルビアの作ったパンに口をつける。
「どうですか?」
「外側だけが焼けていて、中身は半生だわ」
そんなと慌てて、下げようとする、シルビアの手をルイーズは止める。
「次は私の口にあうものを作ってきてね」
「……はい」
*
『本当に邪悪なのはお前だ、フローラ! 今日、私はお前と婚約破棄をし、ルイーズ様と結婚……なにがおかしい?』
『あははっ! だって、エドワード様。あなたの眼も曇ったままなんですもの。いいですわ。真実って残酷なほど、愉快ですものね』
原作の通り、妹姫が城全体に眠りの呪いをかける。
フローラと呼ばれた妹姫は眠った姉、ルイーズを何故か、ベッドに寝かせると、エドワードを自分の腕に抱いた。
『姉さま。私との約束は守ってもらいます』
フローラがエドワードを連れて、どこかに行ってしまうと、シルビアの世界にいつもと変わらない様子のルイーズが訪れる。
「しばらく、お世話になりますわ」
妹姫、フローラが残した言葉が引っかかった小骨のように気にはなったが、原作通り、シルビアの仕事は城の呪いを解くため、早く、眠っている姫に誰かが口づけをして貰うことだ。
シルビアは他人の夢へと干渉する力を使い、美男子や美少年と噂をされる人の夢へと入り、いかにルイーズが美人なのかを語っていく。
気になった彼らが荊の城へと訪れるが、ルイーズが首を縦に振ることはなく、シルビアは夢を司る妖精というより、自分がお見合いおばさんにでもなった気分であった。
*
「ルイーズ様。そろそろ、妥協してくれませんか?」
百年過ぎともなると、シルビアのイケメンストックも尽きてきた。
おまけに最近は夢のなかに、怪しい平凡な女が美女をなぜか、すすめてくる、という怖い話に代わり、イケメンたちは早々に売約済みとなっていく。
ルイーズと同等、それ以上の美男子なんて中々、見つからない。
もうすぐ、城の呪いも百年以上が過ぎ、城や周囲の呪い自体は解けるだろうが、姫自身は誰かに口づけをして貰わなければ目覚めることはない。
今日も姫に美男子を斡旋していたが、シルビアの宣伝文句にルイーズはため息を吐く。
「ねぇ、シルビィ。鈍い、鈍いとは思っていたのだけれど、いいかげん、気づかない?」
「なにをです?」
ルイーズは上目遣いに微笑むと、自分の胸にシルビアの手の平を当てる。夢の世界に入ってから、姫はコルセットをつけてはいなかった。
心の中で『ヒッ』と声をあげつつも、シルビアはルイーズの方も見ないよう顔を斜め上にする。
「あ、あははは。ルイーズ様って、意外に貧乳なんですね〜。えっと、神は二物を与えないっていうか」
「……あなた。気づかないふりをしていたのね」
ルイーズは不満げに頬を膨らませると、シルビアが逃げないように抱きついてくる。
柔らかな女性ではない体つきに、背筋に冷たい汗が伝わったいく。
誰かがルイーズを目覚めさせてくれれば、こんな目に遭っていなかった。妹姫が真実ほど残酷だといったのは、ルイーズが男性だったからだ。
どうして、ルイーズを姫と扱ってきたのは分からないが、もしかしたら、ルイーズがフローラからの虐めが原因で病弱だったことから、魔よけの意味もこめ、女の子の格好をさせられていたのかもしれない。
もしも、フローラとではなく、エドワードと結婚するとなれば、真実を知ってしまった彼の命はなかっただろう。
「ねぇ、シルビィ。私、このままでもいいと思うの。だって、私の目さえ醒めなければ、この世界であなたとふたりきり。ずっと一緒にいられるでしょう?」
柔らかな手つきで髪を撫でられるが、シルビアにとっては、恐怖でしかない。
「もしも、キスをするなら、シルビィとって決めていたの。邪魔なエドワードは妹に引きとってもらったし、あなただけ、私の傍にいてくれるなら、どちらでもいいのよ」
原作とは違い、ルイーズは望んで、シルビアの夢の世界に来たのだろうか。どちらにしろ、ルイーズはシルビアを逃がさないつもりだろう。
どうして、作者は結末をしっかりと書いておいてくれなかったのかと、シルビアは心の中で作者に悪態をつく。
ルイーズの背中を軽く、叩いて、彼の拘束から逃れると、シルビアは覚悟を決めて目を瞑る。
呪いを解く王子さまになるつもりなんてなかった。
数多くある作品の中からお読み頂き、有難うございます。よろしければ、ブクマや評価を頂ければ、嬉しいです。