(2)私たちは騙されていた!
あの異世界で出会った3人の女性兵士のことは
何があっても決してわすれることはありません。
なにせ、強烈な記憶でしたから。
まさか、私がロマノフ王朝の末裔だったなんて、
しかも、最後の女王ですよ、信じられますか?
びっくりポンですよね。
3人の女性兵士は、女王である私を命に替えても守ると宣誓したんですよ。
スゴくないですか?
あなただったらどう思いますか?
自分が女王という高い身分で、
命をかけてくれる家来が3人できたときの心境を想像してみてください。
悪い氣はしませんが、あまり、気持ちのいいことでもありませんよね。
いずれにしても、そのとき私はまだ10歳でしたし、
社会主義国の寒村に住む、名もない少女だったのです。
ただ、あの異世界での経験から、
私は学校で学ぶことに疑問を持つようになりました。
革命によって悪い王様を倒し、労働者の国を作ったというのがロシア革命で、
「革命」という言葉を聞くたびに、
私たちは、素晴らしい救世主をお迎えするような感覚に襲われるように教育を受けていました。
「革命」という言葉を聞いただけで目を輝かせていたのです。
だって、そうでしょ?
貧乏人の労働者がお金持ちの世界を引っくり返すんですから、
こんな爽快なことはありませんよね。
そんな地上の楽園を実現させたのがソ連であり、
その影響下にあるユーゴも、準楽園なんだというのです。
でも、それって、本当なんでしょうか?
そんな疑問が浮かんできたのです。
私は図書館でロシア革命について調べました。
参考となる本を読んでいったのです。
私が出会った王様、ニコライ2世は、心優しく、
奥様にも子どもたちにも細やかな心遣いのできる素晴らしい父親でした。
国民に対しても
「国民が富むことが、国を富まされるのだ。国民こそが國の宝なのだよ」
と口癖のように言っておられました。
歴史の授業で習った極悪非道の王様には、とうてい見えません。
私たちは嘘の歴史を勉強させられていたのではないでしょうか?
私は図書館でロシア革命について調べました。
学校にある書籍は、すべて革命を美化するものばかりでした。
国王軍は悪で、革命軍は善、そんな構図で描かれた書物ばかりなのです。
革命に対する美辞麗句を読むたびに、
これはおかしい、私たちは騙されているという思いが大きくなっていきました。
同時に、ときどき恐怖をもたらす幻覚を見るようになりました。
手にしたカバンが急に声を出して
「お前たちは奴隷だ。我々のために働く家畜だ。
我々に食べられるためだけに生まれてきたブロイラーと同じだよ」
っていう声が聞こえてくるんです。
まさか、カバンが話しだすなんてことはありませんよね。
怖くなって、私は泣き出してしまいました。
ママが心配になって私に声をかけてくれました。
「どうしたの? 何があったの?」
「カバンが、カバンが」
というだけで、私は何も言えませんでした。
ママはそのカバンを地下の薄暗い物置にしまってくれました。
「これでいいでしょ? もう、大丈夫よ」
ママはにっこり笑って、ママが使っていた古いカバンを私に渡して
「明日から、このカバンで学校へ行きなさい」
と言ってくれました。
カバンだけではありません。
寝室の枕元にあるクマのぬいぐるみも、突然、
「お前は死ぬんだ! 恐怖のどん底で死ぬんだ。死んだお前の、脳みそを食べてやる!」
って、おぞましい声が聞こえてくるんです。
私は怖くてクマのぬいぐるみの顔を見ることができませんでした。
その日以来、私は、クマのぬいぐるみを物置の奥にしまってしまいました。
地下の物置で、ごそごそと音がしたりすると怖くてたまりません。
いつしか、私は物置に近づくことさえできなくなりました。
学校へ行っても、その恐怖はおさまりません。
怖くて怖くて、体がブルブル震えていました。
洗濯機が脱水でブルブル震えるみたいに、
私は、怖くて声をあげそうになるくらいでした。
そんな私の異変に氣づいてくれたのが、上級生の女子3人でした。
その3人が、プレアデスとオリオンとシリウスだったのです。
もちろん、3人ともユーゴの女の子らしい名前を持っていたけれど、
私にはプレディとオリーとシリーなんです。
「どうしたの?」
とプレディが私に近づいてきて、背中をさすってくれました。
オリーが私のオデコに手をあてて熱を測ります。
シリーは、「たぶん、心理的な問題ね」
とまるで医学博士にでもなったみたいな口ぶりで言いました。
「そういえば、あなた、毎日、図書館で、調べ物していたみたいだけど、何を調べていたの?」
シリーが尋ねました。
「ロシア革命です」
私はか細い声で答えます。
「学校の図書館の資料は嘘ばっかりだから、いくら読んでもダメよ。
バカになるだけ。ウチにおいで、真実を書いた本を読ませてあげる。
この世の中の本当の姿を見せてあげるわ」
シリーがニッコリ笑って私の頬の涙をハンカチでぬぐってくれました。