第1話 孤児院と胡桃パンと来客
「起きなよ、リンゴ!もうすぐお昼になっちゃうよ」
明るく、柔らかい声が告げる。
聞き馴染みのあるこの声はネリアのものだ。
まだまだ眠いと動きが緩慢な瞼を強引にこじ開けながら、リンゴと呼ばれた少年は体を起こす。
「分かったよネリア、もう起きるから」
赤髪をお団子に纏め、チェックのエプロンをした少女、
ネリアに対してそう答えると、
リンゴは寝ぼけ眼をこすりながらベッドから立ち上がる。
「まったく、今日5回目だよリンゴに声かけるの。いつになったら一人で起きられるようになるのよ。」
呆れた顔のネリアに対してリンゴが答える。
「そうだったのか、全く気づかなかったよ。ごめんね。」
リンゴが謝ると、それが気に障ったのかネリアの眉間に縦皺が増えた。
「あ、またそうやって簡単にすぐ謝る。リンゴのそういうトコ、私きらい!」
不機嫌な表情で言い放つネリアに対し、リンゴは反射的に謝罪を重ねてしまう。
「ごめんね。」
「もう、いい!」
ネリアはそう言って乱暴にドアを閉めるとドタドタと走り去ってしまった。
一人残されたリンゴはため息をつきながら、反省する。
いつの頃からか癖になってしまっているのだ。
自身に瑕疵があろうとなかろうと、反射的に謝ってしまう。
長いものには巻かれろという訳では無いが、
そうやって頭を下げながら、様子を伺って生きていくのがリンゴの処世術となってしまっていた。
服を着替えて、食堂に顔を出すと胡桃入りのパンと雑穀のスープがテーブルに置かれており、スープはまだ温かった。
ネリアが用意してくれていたのだろう。
彼女は孤児院でも1番のしっかりものなのだ。
リンゴとネリアは共に身寄りがなく、その他にも似たような境遇の孤児達10名とこの山奥の孤児院で暮らしている。
孤児院は近くの教会のシスターが運営しており、
国からの援助と孤児たちが作る細工物の売益、そして成長して孤児院から巣立って行った孤児たちからの仕送りで成り立っていた。
孤児院の子供達は皆、16歳になると近くの村や街の職人、城の兵士などの見習いとして奉公に出される。
そうして奉公先で一人前と認められるまで修行する。
そうして一人前になっていった中の幾人かは、育ててくれた恩を感じてか、孤児院に仕送りをしてくれている。
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昼時を過ぎた頃、パンとスープでお腹を満たしたリンゴは孤児院を出て教会に向かっていた。
ネリアや他の孤児達は各々の手仕事や家事に勤しんでいるのだが、元来不真面目なリンゴはこっそりと孤児院を抜け出して来たのだ。
教会は山の中腹にあり、孤児院からは少し距離がある。
山道を上っていると地面には真新しい轍があった。
来客らしい。
行商人が来るのはまだ先の筈なので、訝しみながらもリンゴは歩みを進めた。
教会に着くと、そこには二頭立ての立派な馬車があった。
普段の行商人は屋根も幌も無い、ロバが引く簡素な馬車であったので、明らかに行商人ではない来客である。
リンゴは、教会の裏手に回り込むと、小窓から中を覗き込んだ。
そこには華やかなドレスで着飾った少女が、
シスターと何やら話し込んでいる様子であった。