嘘だと言われたけれど、公爵家とは仲良くしています。
「貴様、あの方と親しくしているなど嘘だったのだろう!! このような嘘で伯爵家である俺を騙すとは恥を知れ!」
私は、オレフィア・シフィンド。
シフィンド子爵家の娘である。私は王立学園に今年から通い始めたばかりだ。
さて、私によく分からないことを言ってきているのは、友人……いや、私だけが友人だと思っていたのかもしれない。ワノンドの言葉に私は驚く。
「ワノンド、何の話?」
「レーガ公爵家と親しいなどと嘘を言っていただろう。あのモデストン・レーガと幼なじみなどと……!」
「嘘ではないけれど……」
「白々しい!! 貴様の話に耳を傾けた俺が愚かだった。レーガ公爵家と貴様が仲良くしている様子など全く見受けられないではないか!」
などとのたまわれているが、本当に嘘ではない。
モデストン・レーガ公爵子息とは、私は幼なじみの仲である。元々お父様が公爵様であるイオおじさまと親友関係で、私は昔から可愛がってもらっている。
それに何を隠そう、モー君は私の初恋の相手でもある。
二歳年上のモー君は、昔から私のことを可愛がってくれた。とはいえ、それはあくまで幼なじみの……妹としての事だとは思うけれど。モー君は私が王立学園に入学する時期に隣国に留学してしまった。手紙は度々届くけれど、私はモー君のことを諦めなければならないかななどと最近考えていった。
だって幼なじみとはいえ、私は子爵家令嬢で、モー君は公爵家子息なのだ。身分差は確かにある。モー君に恋人が出来たら、私は呼び方を改めて距離を置かなければならないんだろうなと……考えるだけで悲しくなってくる。
私の家がレーガ公爵家と親しくしていることは秘密にしていることでもない。だから私はワノンドから「モデストン様の幼なじみなんだって?」と話しかけられた時、モー君の話が出来るんだと嬉しくなった。呼び捨てで構わないと言われていたから呼び捨てにしていたし、私は良き友人だと思っていた。でもそれは違ったらしい。
「オレフィア、嘘をお認めになって!! あなたみたいな平凡な子爵令嬢が公爵家と繋がりなんてあるわけないでしょう。そんなことでワノンド様を繋ぎとめようなんてかわいそうな人……」
ワノンドの腕にぴったりとくっついているのは、私が最近友人になったと喜んでいた子爵家令嬢だ。田舎から出てきたという彼女に私は良くしてきたつもりである。そもそも私はワノンドに恋愛感情があるわけじゃないのに、何を好き勝手言っているのだろう……?
「あなたはワノンドのことが好きだったのね。おめでとう。私は彼に恋愛感情があるわけではないわ。そして嘘ではないわ」
「もうまたそんな嘘をかさねて!! 公爵家のパーティーであなたの姿なんて見たことないもの。お茶会でもよ。それで親しいなんてよく言えるわね?」
「私はまだ社交界デビューはしてないので、パーティーには基本出てないもの。それにお茶会って大勢の方がいるものでしょう? 私は個別で公爵家の方と――」
お茶会をしていると続けようとした言葉は遮られる。なんかワノンドが凄い剣幕をしている。
「本当に恥知らずなやつめ!! そんなに嘘に嘘を重ねて恥ずかしくないのか! 俺は貴様があのモデストン様と幼なじみだと聞いたからこそ声をかけてやったというのに。幾ら待っても公爵家に紹介もしないなんて! そんな力は貴様にはないのだろう!」
その言葉を聞いて、寧ろワノンドの方が恥知らずでは? と私は思った。ワノンドは伯爵家の三男で、将来のために公爵家とつながりを作りたいというのはまだ分かる。だけど、どれだけ他力本願なのだろうか?
よっぽど親しくなったらそういう紹介をするかもしれないけれど、私が入学して二か月足らずしか経っていないのだ。
「今すぐ、俺が時間を無駄にした分の慰謝料を要求する!」
しかも何か言いだした。勝手に思い込んで色々言っているだけなのに。
私は遠い目になった。
どうしようかなと考えていると、その場に聞き知った友人の声が響く。
「あら、オレフィアに何を捲し立てているの?」
その声を聞いて私はほっとした。
逆にワノンドたちは驚いた顔をする。
「こ、これは王女殿下、なぜ、こちらに……?」
そう、やってきたのは王女殿下である。モー君と幼なじみであるということで、私は王族や高位貴族とも親しくしていた。ただ学年も違うのもあり、学園内ではそこまで接触していなかった。
「なぜって、オレフィアがいじめられていると聞いたもの」
「な、なぜ……。殿下がオレフィアなんかと……」
「お友達ですもの。オレフィア、大丈夫かしら?」
にこにこと笑みを浮かべているミミ様は、表情は笑っているけれど怒っているんだろうなと分かる。
「大丈夫です。ミカミアン殿下」
「あら、どうしてそんな他人行儀な呼び方をするの? 私とオレフィアの仲でしょう?」
「え、でも……学園内ですし」
「私は悲しいわ。いつも通りでいいわよ。オレフィア」
友人たちだけの場ならともかく、こういう場所で愛称を呼ぶのはどうだろうか……と思っている私にミミ様はそう言った。
「ありがとう、ミミ様。急に訳の分からないことを言われて困ってたの」
「そうよねぇ。聞いていたけれどオレフィアの言うことを嘘だと決めつけていじめていたものね」
ミミ様がそう言ってワノンド達の方を見ると、彼らは顔を青ざめさせていた。
私がミミ様に親し気に話しかけられているからだろう。
「あなたたち、オレフィアはレーガ公爵家と大変仲が良いわよ。このことを知ったら、公爵家はあなたたちを不快に思うでしょうね」
「えっ」
「少なくともモデストンからの心証は地に落ちるわね。他でもないオレフィアをいじめるなんて最悪の一手だもの」
ミミ様は冷たい目でワノンドたちを見てそういったかと思えば、私の方を見て手を伸ばす。
「行きましょう。オレフィア。こんな愚か者たちとあなたが関わる必要はないわ」
そう言ってくれたミミ様の手を取って、私はその場を後にする。
そのまま私はレーガ公爵家の別邸に帰った。
私は公爵家のご厚意で、学生寮ではなく公爵家の別邸から学園に通わせてもらっている。まぁ、この別邸は最近買われたものらしくて公爵家の別邸だって認識している人は少ないけれど。
モー君は留学前まで学生寮から学園に通っていたのだけど、留学から戻った後はこの別邸から通う予定らしい。理由は詳しく知らないけれど、学生寮に不満があったのかもしれない。
ミミ様が私のことを別邸まで送り届けてくれ、使用人たちに今日起こったことを説明していた。そうすると私によくしてくれている別邸の使用人たちは大変お怒りだった。
今日は訳の分からないことを言われて疲れてしまったので、ひと眠りすることにした。
翌日……というか、それから数日間、私は休むように言われた。私がワノンドたちに絡まれて、謂れのない言葉をかけられたことは公爵家に伝わっており、翌日にはポナ姉様(レーガ公爵家の令嬢)が別邸に駆けつけていた。
「ああ、オレフィア。変な方に言いがかりをつけられて怖かったわね。私が手出しをさせないようにするからね」
「ポナ姉様……私、そこまで怖くはなかったよ? なんでこんなことを言うんだろうと思ったけれど」
「学園はしばらく休む許可は学園長からもぎ取ったから安心してね」
レーガ公爵家はご長男であるガラ兄様と、長女であるポナ姉様と、次男であるモー君の三人兄妹だ。妹が欲しかったらしく、ポナ姉様は大変私によくしてくれている。
「数日したらモデストンも帰ってくるからそれまで休んでいていいわよ」
「モー君が、帰ってくるの!?」
「ふふっ、目を輝かせていて可愛いわ。モデストンもあなたのことを心配しているもの」
私はモー君が帰ってくるという言葉を聞いて、嬉しくなった。
だって留学に行ったのだから帰ってくるまでもう少し時間がかかると思っていたから。
学園に入学したらモー君にいつも会えるんだと思っていたのに、付き添いで留学になったと聞いて寂しい気持ちになっていた。モー君は卒業したら誰かと結婚する可能性が高くて、そうなったら私はモー君とこれまでの距離ではいられないと思っていた。だから、学生のうちに良い思い出を作りたいってそう思っていたから。
モー君は……留学から帰ってきたら誰かと結婚するための準備とか始めちゃうのかな。
モー君は三年生で、今年卒業なのだ。卒業後は王宮で文官として仕えることになっているのは知っているけれど……。
「オレフィア、どうしたの? 可愛い顔を曇らせて、あの愚か者たちのせいかしら? 完膚なきまでに潰して――」
「違うの! モー君が留学から帰ってきたら結婚相手探したりするのかなぁ……って」
「あらあらあら!! オレフィアは何も心配する必要はないわ」
「どういう意味……??」
「分かってないオレフィアが可愛いわ!」
ぎゅっと抱きしめられた。
私は同年代の女性の中でも背が低い方なので、すっぽりと腕の中に納まる。ポナ姉様の豊満な胸が押し付けられて落ち着かない……。
それから数日間、本当に学園にはいかずに私はだらだら過ごしていた。
公爵家や実家から贈り物が届いたり、忙しいだろうにお母様が駆けつけたり……うん、そこまで大事じゃないのになぁと思った。
「オレフィア!」
そうやってだらだら過ごしていたら、大好きなモー君がやってきた。
本当に留学先から数日で帰ってきたことに驚く。だって結構な距離があるはずだもの。
「モー君、おかえりなさい」
モー君は綺麗な藍色の髪と、赤い瞳を持つ美男子である。昔からとてもかっこよかったけれど、益々そのかっこよさに磨きがかかっている。
「ただいま」
モー君は、笑みをこぼす。
モー君の笑顔は破壊力満載だ。私はモー君の笑顔にいつもドキドキする。
外で聞くモー君の噂だと、冷たいだとかそういうのが流れていたりする。でもモー君はいつでも優しいのになぁと思う。
「オレフィア、変な生徒に絡まれていたんだって?」
「友達だと思っていたのだけど……モー君たちに紹介してもらうのが目当てだったみたいで。私、びっくりしちゃった」
「そっか。怖かっただろう?」
「ううん。すぐにミミ様が助けてくれたから、全然!」
私がそう答えたらモー君は安心したような表情を浮かべた。
「よかった。これから私も一緒に学園に通うから安心して。オレフィアには手出しさせないようにするから」
「本当!? でもモー君、フジー殿下の付き添いで留学してたんだよね? 大丈夫なの?」
「もう用事は終わったから」
モー君はミミ様のお兄様である第二王子フジー殿下の付き添いで留学に行っていたのだ。
「用事?」
私が不思議に思っていると、モー君が使用人に何かを持ってこさせる。それを開けるように促されたので開けてみると――、青い宝石のついた髪飾りだ。
「わぁ!! モー君、これ、最近隣国で見つかった宝石を使ったものだよね?」
「そうだよ。オレフィアは博識だね」
「ポアおばさまとポナ姉様とのお茶会で聞いていたの」
「ほら、つけて」
そう言われて頭に身に着けてもらう。こんな貴重なものもらっていいのだろうか? なんて思う。ただ私が髪飾りを身に着けるとモー君は満面の笑みを浮かべた。
「オレフィアの茶髪に良く似合うね。私の見立て通りだ」
モー君は私にプレゼントをくれることが結構好きだ。私にとってモー君からもらったものは全部宝物だ。
「ありがとう、モー君。これが用事なの?」
「うん。オレフィアに似合いそうだなと思ったから、欲しくて」
そんな風に言われて嬉しくなった。
私がにこにこしていると、モー君は私の目をまっすぐに見て言う。
「オレフィア。周りがどうこう言ってこないようにも、私と婚約しようよ」
「……えーと、それモー君に迷惑かけちゃわない? モー君が誰かと結婚したいときに出来なくなってしまうよ?」
私がそう言ったら、モー君が何とも言い難い表情をする。どういう感情だろう? モー君は優しいから私の為に仮初の婚約を結ぼうとしているのかな。
「モー君、私はね、モー君のことが大好きだからそういう仮初の婚約をしても問題ないと思っているけれど、モー君はこれから将来を共にする人と出会えるかもしれないんだよ? その時に大変なことになってしまうかもしれないでしょ」
勢いのままに私がモー君のことを好きだってさらっと言ってしまったけれど、それでも優しいモー君に甘えてその経歴を傷つけるわけにもいかないもの。
なんてそう思っていたのだけど、モー君が不思議と無言なのでそちらを見ると顔が赤くなっていた。
「モー君、どうしたの? 具合悪い?」
急にモー君の顔が赤くなったので、私は心配になる。
「……だ、大丈夫だ」
「モー君?」
「オレフィア……その、私は迷惑など全く考えていない」
「そうなの?」
「ああ。……私は、そのだな」
急に歯切れの悪いモー君に、私は驚く。そして次に告げられた言葉に益々驚愕した。
「私は、オレフィアのことが好きだ」
「え」
「……だからその、迷惑などと思ってはいない。寧ろ、私はオレフィア以外とは結婚したくない」
そう言ったモー君は、顔が赤かった。
「そ、そうなの?」
「ああ。……オレフィアが、私をそういう意味で好いていると思わなかったから、理由をつけて婚約しようかと」
「わ、私はモー君のこと、好きだよ! で、でもその……モー君は公爵家令息で、私は子爵家令嬢だから難しいかなって思って」
「それは気にしなくていい。もう既に結婚を出来るように整えてはある」
「えっ、そうなの?」
「ああ。……その、私がオレフィアを好いていることは、皆、知っていたから」
「えっ」
「……だから、私はオレフィアを迎え入れたいって準備をしていた。私がその、自分の気持ちを中々言えなかっただけというか……」
顔を赤くしたままそういうモー君に私はときめいた。
だっていつもモー君は余裕があって、私よりもずっと大人なんだなと思っていた。でも今、顔を赤くしながら告げるモー君は年相応で、一人の男の子なんだなと思った。
そういう姿を私にモー君が見せてくれることが嬉しくて仕方がなかった。
「ふふ、モー君のそんな顔が見れるなんて嬉しい」
「……情けなくないだろうか」
「全然! 寧ろ可愛いって思うの。私はモー君のことが大好き。いつも優しくて、笑いかけてくれるモー君と結婚したい!」
「ああ。結婚しよう。オレフィア。まずは婚約発表をしよう」
モー君がそう言って笑ってくれて、嬉しくなった。
その後は物凄いスピードで話が進んだ。モー君が言っていた通り、私が気づいていなかっただけでモー君の気持ちはバレバレだったらしい。それでモー君は子爵令嬢である私と結婚できるように色々整えてはいたらしい。
ポナ姉様曰く「もしモデストンがヘタレて告白できなかったり、振られたら分家の男性を紹介するつもりだった」なんて言っていた。ミミ様には「モデストンがあんなに笑っているのはオレフィアの前だけよ」なんて言われた。
それが嬉しいやら恥ずかしいやら……。でもまぁ、これからもモー君と一緒に居られるなら嬉しいから全て良し! と思った。
ちなみにだが、私に言いがかりをつけていたワノンドたちは学園で大人しくなった。というか、私の顔を見ると逃げていくようになったのでモー君や公爵家が何かしたのかな……。
急に思いついて書きたくなった話です。楽しんでいただけたら嬉しいです
オレフィア・シフィンド
子爵家令嬢。茶髪の小動物系の女の子。
昔から実家と公爵家に溺愛されている。幼なじみのモデストンのことが大好き。
公爵家に身内みたいに扱われている影響で、王族や高位貴族とも仲良し。ただし友人たちの権力を使ったりすることは一切ない。そういう所も含めて友人たちからも可愛がられている。
モデストンの友人たちとは大体顔見知りで友人。
公爵家に遊びにきた際についでに教育も受けていたため貴族令嬢としての能力は高い。
モデストン・レーガ
レーガ公爵家の次男。藍色の髪と赤い瞳の美男子。ただしヘタレ。
外堀だけさっさと埋めておきながら、告白は中々出来なかった。オレフィアのことを溺愛しているので、大体行動基準はオレフィアである。オレフィア以外の前ではそんなに笑っていない。
身内や友人たちにはバレバレであり、応援されていた。
公爵家と子爵家の人たち。
オレフィアのことを可愛がっている。モデストンがオレフィアを好きなことはバレバレだったため早くくっつかないかなと思っていた。オレフィアのことを可愛がっているため、悲しませる相手には容赦ない過保護な人たち。
ワノンド
オレフィアのいうことを嘘だと決めつけたため、大変な状況。
公爵家に報復されている。