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2-3

 

「そりゃあ、災難だったなあ」

 レイモンは空になったワインの瓶を向こうへ押しやって苦笑する。

「ところでな。俺もその商人のひとりなのさ」

「そうだったのですか?」

 アリスティドはレイモンに関して、父の学院時代の友人であり、卒業後も交流があるとしか知らない。レイモンはほかの父の友人たち同様、アリスティドを可愛がっていろいろ教えてくれる人物で、それ以上でもそれ以下でもなかった。


「でもって、クロヴィスから販路拡大について打診を受けていた」

「そうだったのですね。そうとは知らず、勝手な真似をしました」

 父はいろいろ考え、すでに手を打っていたのだ。

「責めているんじゃないさ。君はよくやっている」


 アリスティドは運河建設に忙しい父に代わって船会社を探すに当たり、当然、相談している。その際、既にやっていると止めなかったのは、レイモンひとりに頼るのではなく、ほかの手札も持っておくに越したことはないと考えてのことだろう。レイモンはそう言った。


「君もいろんな手札を持て」

「はい」

 アリスティドが素直に頷くと、レイモンはにやりと笑う。

「君はセドリックにいろいろ吹き込まれているが、優雅さを自分なりに取り入れ、やつの妙なむずがゆくなるねちっこさは受け継いでいない。取捨選択ができるのは良いことさ」

 セドリックとは父やレイモンの友人であるアルカン子爵子息だ。とても麗々しく、社交界の華と呼ばれているほど典雅だ。それだけに、恋愛の噂が途切れることなく囁かれている御仁でもある。

 レイモン同様にアリスティドを可愛がってくれ、物心ついたときからあれこれと教えてくれた。


「セドリックおじさまも、大量のワインを運べるようになったら、協力するとおっしゃってくださっています」

「あいつが好きなワインだって言えば、気を引きたい貴婦人たちがこぞって手に入れようとするからなあ」

 社交界で引っ張りだこのセドリックが好んで飲むワインなら、招待主は喜々として仕入れるだろう。

「そうなんです。それで、ただ大量のワインを中央へ運ぶのではなく、別の手立てを考えたのです」

「ほう? 面白そうだな」

「レイモンおじさまが商人であるなら、ぜひわたしの計画を聞いてご助言をいただきたいです」

 レイモンは鷹揚に頷いて使用人にワインの追加とアリスティド用の飲み物を頼んだ。


「クールナン国内だけでなく他国にも販売しようと思います」

「カディオ・ワインなら余所のワインとでも十分に競い合える」

 レイモンにどこに売り込むのかと聞かれ、アリスティドは答える。

「ラコルデール国です」

「あんな島国に?」

 レイモンは眉をしかめる。アリスティドは不思議に思った。確かに島国ではあっても、貿易大国であり、富裕な国であるから、商人ならば取引したいと願うのではないのだろうか。

「はい。ラコルデールは自国でワインを造らず、輸入に頼っています」

 レイモンは頷いて先を促す。


「わたしはラコルデールにおいてカディオ・ワインを席巻させようと思います」

 さらりと言ってのけたアリスティドに、レイモンがぽかんと口を開く。目も見開いている。

「単にかの国で逸品と認められ、それなりの数の取引きをするのではありません。ラコルデールではカディオ・ワインを用意できなければ面目を失うほどにしたいのです」


 レイモンは俯き、目元を片手で覆った。くぐもった音がして、徐々に大きくなる。それは呵々大笑となった。

「気に入った! 俺にも一枚噛ませろ!」

「では、なんとかしてベクレル家の方と繋ぎを取れませんか?」

「ベクレル? なんでまた?」

 ベクレル家は周辺諸国に名をとどろかせる豪商の家名だ。


「ベクレル家ならば、たとえ国だとてないがしろにすることはできません」

 貴族の子息であっても散々ないがしろにされてきたアリスティドの言葉には説得力があった。


「それに、ベクレル家の商人がラコルデールに少々因縁を持つという情報を得ました。叶うことなら、その方の協力を取り付けたいのですが、」

 そこまで上手く事は運ぶまい。ただでさえ大国と張り合うことができる豪商なのだ。その財力において、この国クールナンを凌ぐほどであるとまで噂されている。

 船会社を探すに当たって散々商人たちのやり口を見てきたアリスティドはそれなりの覚悟をしていた。


「因縁っつうか、ちいっとばかり競り合っただけなんだがな」

「さすがは、レイモンおじさま。ご存知だったのですね」

「うん。それ、俺だから」

「は?」

 さらりと言われた言葉に、アリスティドは面食らい、少々礼儀に欠けた振る舞いをする。貴族ではないものの、父の友人である上、とても有能な人だから尊敬しているというのに。

「俺、レイモン・ベクレル。商人だって言っただろう?」

「はぁぁぁ?!」

 驚きのあまり、妙な声が出た。


「クロヴィスもなあ、ベクレルに任せときゃあ、なんとでもなるだろうって言って、ワインの販路を丸投げしやがったんだ。国内ならセドリックが宣伝してくれるしな。アリスティドみたいにあれこれ手を持とうとしやしねえ」

 君は偉いよと言いつつ、ワインをグラスに注ぐレイモンを、アリスティドは唖然と見やるのだった。







※フィリップの解説および宣伝

「わたくしどもは当然のことながら、レイモンさまがかのベクレル一族のすばらしい商人だと存じ上げておりました」

「ですが、若———アリスティドさまの深謀遠慮を知らず、お教えするに至りませんでした」

「当時、まだ執事になったばかりでしたもので、未熟のひと言に尽きます」

「アリスティドさまがレイモンさまから砂が水を吸い上げるようにして教わる姿を目の当たりにし、我ら使用人一同もご教示をたまわりたいと願い出ました」

「いろんな手札を持つためにはまず、情報、伝手だと教わりました」

「おかげをもちまして、今日のカディオ家の情報収集能力があります」

「よろしければ、評価、ブックマーク、いいね、ご感想をいただけると幸いです」




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