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2-2

 

「でも、わたしは提案しただけで、実務はすべてお祖父さまとお父さまがなさっておられるのですよ」

「その発想がすごいってんだろう? なんで思いつかなかったんだろうっていう事柄は世の中にあふれているからな」

 アリスティドの父カディオ伯爵子息は息子の聡明さを友人に自慢しまくった。事細かに知らされ、単なる親の欲目ではないと悟った父の友人レイモンはワインを片手に面白そうに笑った。


 レイモンは父クロヴィスの学院時代の友で、カディオ・ワインの愛飲者でもある。こうして十一月になると収穫祭に出される新酒目当てにカディオ伯爵領にやって来る。

 このときに供されるワインは、通常の赤ワインのように熟成させることなく、短期間で造られる。そのため、渋みが少なくフルーティーな味わいとなる。本来のカディオ・ワインはしっかりしたタンニンの味わいと厚みがあり、香りが豊かなのが特徴だ。余韻が長い。


 収穫祭は明日なのだが、プレ・フェスティバルだとばかりに晴れた昼下がりにガーデンパーティを催している。家族や祖父や父のごく身近な友人たちが集まって会話とワインを楽しむ。明日は領民を労い、客をもてなすので忙しくなるから今のうちに存分に楽しんでおく。


 ほかにアルカン子爵セドリックやシェロン男爵ニコラといった父の友人たちもやってきており、隣のテーブルで両親たちと話に花を咲かせている。

 レイモンはワインを心行くまで楽しみたいとばかりに黙々と飲んでいたが、アリスティドを見つけて声を掛けてきたのだ。


 レイモンは結婚が遅かったせいで、子供はいるが、まだ幼いという。

「なに、クロヴィスが結婚が早かっただけさ。君、知っているか? 君の父上はそりゃあ大騒ぎして奥方との結婚に持ち込んだんだぞ」

 ワインをしこたま飲んで頬を染めながら、友人の子供を掴まえてあれこれ話すレイモンは釣り目で高身長、腹回りが立派な気さくなおじさんだった。


「カディオ伯爵領のワインは逸品だ。複雑かつ大きな構造を持つ。生産量も増え続けている。クロヴィスも販路を広げようという気でいた。まさしく、君の発案は渡りに船だった」

 レイモンの言う通り、従来通りの販路では供給の方が過剰になりつつあった。


「で、次はどうするんだ?」

 運河建設はトラブルがつきものだ。祖父と父、そして大伯父はそちらの対応にかかりっきりだ。前者ふたりはワインの醸造についての諸々の仕事もある。

 レイモンもそれを知っているのか、アリスティドにどうするのか聞いた。


「今、船会社を探しています」

「伯爵領で造船しないのか?」

「もともと、大きな河川のない内陸の伯爵領では、船を借りれば十分だったので、造船会社も造船技術もないのです」

 伯爵領は小さな川はたくさんあり、水の豊かな領地ではあったが、一度に大量の荷を積める船が運航するには、川幅や水深が心もとない。造船をいちから行うとなると相当な日数が必要となる。


「でも、わたしでは契約代理人としては不十分なようなので、お祖父さまかお父さまにお任せするほかなさそうです」

「そうか? 貴族ってのは代理人を使うものだろう? 家宰や執事を連れて行けば、それで十分じゃないか?」

 レイモンの言う通り、貴族は自ら動かず、代理人を立てる。率先して動くカディオ伯爵親子が例外なのだ。そして、伯爵の直系の人間が出向けば、それで十分箔がついた。

「それが、」

 しかし、アリスティドは会う商人たちにことごとく侮られているのだった。


 とにかく、のらくらと言を左右にし、一向に話が進まない。貴族の子息は単なるお飾りだと思っている。事実、そういう一面もある。貴族が出張る場合は往々にして、箔付けして交渉を有利に持ち込むためか、興味本位であるかだ。

 こちらには回答をせっつくのに、向こうの不備と契約違反に抵触する部分を言及し、訂正を求めたら、「契約を履行するために納期を遅らせる」という。


「ほかの商人は当たってみたのか?」

「はい」

 さすがのレイモンも気の毒そうに眉をしかめ、アリスティドは肩を落とす。


 当初は聞いていなかった「ワインを運ぶのにいっしょに家畜も運ぶ」という話が後から追加された。

「そりゃあ、破損が増えるわなあ」

「そうなんです」


 ほかの商人は「それだけのワインを運び入れるだけのスペースがない」と言われた。

「なんのために契約しようとしていると思っているんだ?」

「空いたスペースに詰め込めば良いと思った、と回答されました」


 ほかに、「重すぎると喫水線が沈んでしまい、運航できなくなる」と言われたこともある。

「船の問題だな」

「こちらは前もって樽数を伝えておいたのですが」

 この調子では、運河が開通までに運搬する船の用意が間に合わない。


 商人たちはことごとく、腰を低くして「そちらのためにこちらも尽力する」と言う。実のない美辞麗句と謝罪に皮肉をちりばめながら。話がかみ合わず、謝罪と丁寧な言葉、そちらのために、という言葉で自分たちの都合の良い方へと持っていこうとする。自分たちの不備をこちらに押し付ける上に、どんどん納期を遅らせていく。


「商人の常套手段だよ。自分たちの失態を相手におっかぶせようとする。貴族相手なら、その手法は慇懃無礼であり、愚弄がちらほら垣間見えるだろう?」

 にやにやと笑うレイモンにアリスティドは目を丸くして頷く。まるで、アリスティドと商人のやり取りを見ていたかのようだ。

「おちょくるのを楽しんでいやがるのさ」

「同行してくれた家宰や執事たちが怒ってしまって、」


 ふだん穏やかで礼儀正しい家宰や執事はカディオ伯爵家の聡明な直系であるアリスティドがないがしろにされて憤った。

「詐欺まがいです」

「口調の丁寧さで隠しきれていない、誠実さのなさ」

「いやはや、話が通じませんな」

 苛立つ使用人たちをアリスティドは「なんの実績がないから、足下を見られているね。流通を含めた経済活動は自分たちの領域だと思っていて、そこに踏み込んでくるものたちはすべて自分たちの駒でしかないと思っているんだろう」そう言いつつ、宥めた。


「口先三寸で言いくるめ利用できるだけ利用しようとする。それだけではありません。彼らは貴族をからかいあざけることで、身分社会のうっ憤をここぞとばかりに晴らしているのです」

 つまりは八つ当たりということだ。


「いやはや、商人というのは矜持はないのか」

「ほかの商人をも貶める行為だ」

「会社自体が杜撰なようですね」

 そんな愚痴を言いつつ、国内のあらゆる船会社に当たっているところだが結果は芳しくない。自分のところが間に入ってワインを売ってやろうという者は多く、案外、難癖をつけるのはその魂胆があるからかもしれないと思っているところだ。


 運河建設着手からはや三年が経っている。少々のトラブルが発生しても祖父や父が大車輪で働きかけるものだから、当初の予定よりも早く進んでいる。

 アリスティドの焦燥はだんだん大きくなっていた。





※フィリップの解説および宣伝

「いくら幼いとはいえ、伯爵子息に対したてまつり、不敬極まりないことにございます」

「我ら使用人一同が怒りをあらわにしようとした際、若———アリスティドさまがいさめられました」

「不敬だからと言って大事にしてしまえば、彼らとて無事には済みません」

「冷静さを必要とされる身でありながら、主人にいなされるなど、あってはならないこと」

「我らはその場で口をつぐみ、後になってから不平を言うていたらくにございます」

「アリスティドさまは貴族社会の範疇外のことをよくよく含み置かれておられました」

「よろしければ、評価、ブックマーク、いいね、ご感想をいただけると幸いです」



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