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「では、運河を造って下さいませ」
大伯父が欲しいものをやろうと言った際、そうねだったアリスティド・カディオは九歳になろうとしていた。
「運河? 妙なものを欲しがるね」
馬だろうと宝石だろうと、なんなら城だろうと、欲しがれば用意するつもりだったドルレアク子爵はカディオ伯爵家には並々ならぬ恩義を感じていた。
ドルレアク子爵はアリスティドの祖母の兄だ。そのときのカディオ伯爵はアリスティドの祖父であり、つまり、ドルレアク子爵は伯爵の妻の兄である。
子爵がまだ爵位を継ぐ前、ドルレアク子爵領で鉱脈を発見したが、産出する費用を用意することができないでいた。それをカディオ伯爵家が出資することで鉄工所を造ることができるようになった。今日のドルレアク子爵領の好景気はカディオ伯爵家のお陰である。
「大伯父上さまもうちのワインをお好きでしょう?」
「もちろんだとも」
妹の可愛い孫が小首を傾げて一所懸命に話す様子にドルレアク子爵は顔を緩める。
「お祖父さまとお父さまががんばったから、うちのワインはとてもおいしくなって、たくさん造れるようになったんです。でも、せっかくがんばったのに、運ぶときに樽が割れてしまったり、関税をいっぱい取られるんです」
傍で聞いていたカディオ伯爵は孫の言葉に頬を染め、伯爵子息である父は頑是ないとばかりに思っていた息子がよくよく事情を呑みこんでいることに舌を巻いた。
「でも、うちに水路があれば船でいっぺんにたくさん運べます」
「ほう」
子供のおねだりだと受け止めていたドルレアク子爵は次第に前のめりになって耳を傾け始めた。
「なにも、いちから造るのではないんです。アシャール運河に水路をつなげれば良いのです」
「ううむ」
「なるほどなあ」
カディオ伯爵とその子息も唸ったり、感嘆の声を上げる。
「父上、これは一考に値するのでは?」
「うむ。莫大な資材と工人が必要となるが、アシャール運河に接続することで河川舟運が可能になるなら、すぐに元は取れる」
陸路による流通は相当数の日時がかかるのはもちろん、悪路による荷の破損も多い。他領を通過するたびに関税がかかる。それらを運ぶための荷車が運搬量に比例して必要とされる。また、運搬する動力も必要だ。
河川舟運はそれらの問題を解決する。
河川の広さ深水によって船の大きさは異なって来るが、一度に大量の荷を積みこめ、動力に関しても一部は櫂を使うことはあっても、ほとんどを風に頼ることになる。
関税については、実は運河でも水門を通過するたびに徴収されるのだが、陸路を経てから運河に運び入れることと比べれば格段に安くなる。
「アシャール運河は一級河川だ。大型船で運ぶことができる」
「水路を繋げるには莫大な資金がかかりますが、」
伯爵の言葉を受けて伯爵子息が言い、言葉尻を濁す。豊かな伯爵領でならば捻出できないこともない。だとしても、大きな金額が動くのだから、慎重になる。
「わたしも出資しましょう。我が領の鉄鉱だけでなく、鉱山で輩出した石や土も使えるでしょう」
ドルレアク子爵が積極的に賛成する。
「なにより、我が孫にも等しいアリスティドが珍しくねだったのですから」
「わたしも孫は可愛い」
「わたしも息子は可愛いです」
その気になった伯爵とその子息の行動は迅速だった。
運河開通工事はすぐさま始まった。
そして、このときより、カディオ伯爵家のアリスティドの名は世に出はじめる。
カディオ伯爵家の水路は後に、伯爵領に莫大な富をもたらすものとなった。その発案者がまだ九歳に満たない子供だったというのは、多くの耳目を集めた。