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オレリアはアリスティドの欠けたものを満たしてくれる。温めてくれる。
もはや、彼女なしではいられない。
アリスティドは週末ごとにオレリアをタウンハウスに招待し、ふたりだけの演奏会を開いた。
「楽器には毎日触れた方がよいでしょうから」
そう言って、ヴィスカントを貸与し、学院の空き教室を練習用に借りる手配をした。
オレリアは恐縮しきりだ。
「芸術家を支援するパトロンのようなものだと思ってください。わたしがあなたの演奏を欲しているのです。カディオ家はわりに裕福なのでご心配なさらずとも大丈夫ですよ」
莫大な財産を築くカディオ家の事業に携わると噂されているアリスティドにそう言われれば、オレリアも受けるほかなかった。
「嬉しいですわ。わたくし、ヴィスカントを奏でることが夢でしたの。ありがとうございます。カディオ伯爵子息はわたくしの夢を叶えてくださいました」
「どうか、アリスティドと呼んでください」
鬱金色の髪に水色の瞳、華奢な身体つきのオレリアは万事控えめで、男子学院生からも人気が高い。
アリスティドはまた彼女が告白されているのを目撃した。
以前はなんとも思わなかったのに、腹の底が灼けつくような心地になった。そこからもやもやと面白くないという感情が沸き起こり、身体の中に充満する。
たんなる学友でしかないというのに、「自分のオレリアに勝手に言い寄っている」と考えた。そんな風に思ったことを恥じた。しかし、それは一瞬のことだった。
「フィリップ、わたしは心に決めたひとができたよ。結婚するなら彼女以外とは考えられない」
アリスティドは腹を決めた。
カディオ家のタウンハウスを取り仕切る執事は主の言葉に、きらりと目を光らせた。三十代半ばの彼は精力的に動いた。
「ラコスト侯爵令嬢ですか。ご本人は素晴らしいご令嬢ですが、」
ラコスト侯爵家には問題があった。
なお、オレリアが言った「好きな人がいる」というのは告白の断り文句らしい。
「いわば、その場を切り抜ける方便だそうです」
執事から報告を受けたアリスティドは片眉を跳ね上げた。
「それは重畳。でも、君、よくそんな内密な事情まで掴んでくるね」
「なにをおっしゃいます。若君の一大事にございますれば、カディオ家使用人の総力を挙げて取り組む所存です」
「若君」というのは学院入学前まで呼ばれていた呼称だ。いい加減、子ども扱いするのは止そうということで口に上らなくなったが、その呼び方をしたところをみると、執事はいつになく高揚しているらしい。
「総力を挙げようがなんだろうが、そんな内容をどこで知るんだい?」
足を組み替えるアリスティドの前に執事が茶を差し出す。
「なに、物事はなんとでもやりようがございます。オレリア嬢がご友人に漏らしたことを人づてに伺い知ったまでのこと」
アリスティドが父の友人である商人のレイモンから商取引きを学んだように、使用人たちは情報の重要性、収集方法を教わっていた。
「なるほどね」
ティーカップに視線を落としながらアリスティドはうっすら微笑む。
恋の悩みを友人に打ち明けるというのはよくあることだ。一方的な告白をされたとはいえ、オレリアもひとりで抱えているには辛かったのだろう。
アリスティドもそうだ。そして、その重荷をオレリアが共有し、癒してくれた。
「わたしも彼女の支えになりたい」
視線を上げたアリスティドの目にはいつにない強い光りが宿っていた。
「かしこまりました」
いつにない充足感を覚えながら、執事は恭しく頭を垂れた。
レイモンは友人の息子アリスティドが貴族子息でありながら類まれな商才を発揮したことから、彼の係累を妻にと何度となく申し出ていた。アリスティドのあまりの関心のなさに、学院入学前にはなくなったものの、今回のことを知ったのなら落胆するか喜ぶか、どちらだろうと執事は考えた。情報通の辣腕家は、近い将来にカディオ伯爵子息の動きを掴むことだろう。
執事は老獪な商人が悔しがる姿を想像し、唇を緩めるのだった。
※フィリップ(執事)の解説および宣伝
「カントリーハウスは領地(田舎)にある邸宅、タウンハウスは都会(この場合、王都)にある館と考えていただければ結構です」
「カディオ伯爵家におかれましては、カントリーハウスを取り仕切るのが家宰、タウンハウスを取り仕切るのが執事で、前者は領地経営の補佐をすることもあります」
「大体は田舎にあるから巨大な建物となり、都会に建つためにこぢんまりしたものとなります」
「どのくらい巨大かと申しますと、ロングギャラリーが九十メートルほどもある邸宅もあったそうです」
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