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アギヨンから馬車に揺られ、翌日、カディオ伯爵家のカントリーハウスに到着する予定だ。
途中、ぶどう畑が広がり、アリスティドが説明をする。
「黒ブドウだよ。同じ品種であっても産地が異なれば味わいも違ってくる。うちのぶどうは温暖な気候、砂礫質の土壌を好むんだ」
休憩がてら馬車をとめ、間近でぶどうを観察する。濃い黒色の粒も房も小ぶりだ。
「うちの土は水はけが良いんだ。この品種は冷涼な場所では完熟できないから温暖なこの地方にはうってつけでね」
ぶどうは日照量が多く気温が高いと果皮がよく色づく。果皮の色が濃いと、濃い色合いの粘度の高いワインになる。
「反対に日照量が少なくて気温も低いと、薄い色合いの、粘度の低いワインになりますの?」
「そうなんだよ」
これらは、産地の特性と呼ばれている。
「うちのワインは樽との親和性が高いんだ」
だから、良質の木材で樽を作ることは重要だ。タンニンが多いがゆえに、熟成に時間がかかる。
「父上がタンニン熟度分析の技術を研究しているところなんだ」
そうすれば、早くから飲めるというので、「出資にはワインで返してくれればいい」と言ってレイモンが出資している。
そんなことを話しているうちに、カントリーハウスに到着した。
馬車が噴水に沿って弧を描いて進みながら減速し、正面玄関前で止まる。
大きく開いた扉の向こう、エントランスに使用人たちが整列している。その奥に家族が立っていた。
「ただいま戻りました」
「よく戻った」
アリスティドが使用人たちの前を進むのを待ちきれないとばかりに父クロヴィスが近寄って来て軽く抱き着く。
「また背が伸びたのではないか?」
「そうですか? 自分では分かりませんが。ああ、ニコラおじさまが同じことをおっしゃっていましたね」
ただ、ニコラの方がいつだって自分よりも大きく思えると話すと、父は嬉しそうに笑った。
家族にオレリアたちを紹介し、逆に父クロヴィスと母ソランジュ、そして弟リシャールと妹イレーヌとを説明する。
オレリアたちは用意されている客室に各自入り、休憩をして身なりを整えた後、サロンで茶を飲むこととなった。
ロドルフは如才なく振る舞い、すぐにリシャールと打ち解け、学院内のことなどをあれこれ話した。フランシーヌとイレーヌは探り合う様子で微妙な距離感で会話する。
アリスティドは父にレイモンやセドリックの消息を尋ねられて答えつつ、ひとり姿を見せないオレリアが気になって仕方がない。
「まあ、フィリップの報告の通りね」
ソランジュがおかしそうに口元に手をやる。
「安心なさいませ。わたくしの侍女とお話していらっしゃるのよ」
「母上の?」
怪訝そうにするアリスティドにソランジュは意味ありげな目つきになる。アリスティドははっと気づく。
「それはもしや、グレースさまでしょうか?」
「そうよ。さすがのご慧眼ね」
オレリアの母グレースは貴族家門の出自ではない。オレリアのようにどこかの家門の養子になることを提示したが、彼女がそれを拒んだのだという。
「わたしは十分によくしていただきました。今後は伯爵さまがたの恩に少しでも報いたいと思います」
彼女は自分ができるのは家事などの労働くらいだからと言って働きたいと願い出た。
「長らく侯爵家で働いていただけあって、手際がよくてね。今ではわたくしの侍女を務めていただいていますのよ」
傷は完治したとはいえ、その後伯爵領まで長旅をした。だから、少しずつ無理がない範囲で働いているのだという。
「母上、見事な采配です」
「ソランジュは本当に賢婦だね。お陰でカディオ家は安泰だ」
クロヴィスがにこやかに二度三度頷く。父が母を褒め出すと長くなる。このやりとりも久しぶりだなと思いながら口を挟まずに眺めていると、家宰が扉を開いた。オレリアが姿を現す。
「遅れまして、申し訳ございません」
「気にすることはないよ」
言いながら、アリスティドは身軽に立ってオレリアに近づく。クロヴィスとソランジュは顔を見あわせて「おや」「まあ」と小さく声を上げる。リシャールとイレーヌもふだんとは違う兄の姿に会話を止めて目を見開く。
「義母上のことを聞いたよ」
席から離れた扉付近でアリスティドが小声になる。友人と弟妹はグレースの事情を知らないことを慮った。
「はい。すっかり元気になられておりました。伯爵さまたちのために働くのだと張り切っておられましたわ」
オレリアもまた囁き声で返す。
「本当に、本当にありがとうございます」
「わたしがしたくてやったことだからね。気にすることはないんだよ」
身長差から、アリスティドは屈みこむようにしてオレリアの顔を覗き込んだ。その表情はふだんとは変わらない穏やかさに、とろりと甘い雰囲気が加わっていた。
リシャールとイレーヌはアリスティドが婚約したこと、そして今回の帰省で婚約者を連れてくることしか聞いていない。ロドルフがこっそり目玉が落ちそうだと考えたほど、ふたりは目を見開いている。
一方、なにごとにも恬淡としてこだわりをみせなかった息子のことにやきもきしていたクロヴィスとソランジュはフィリップにアリスティドの変容の報告を受けていた。百聞は一見に如かず。熱のこもった言動、特にオレリアを見つめるアリスティドの瞳に、父母は大いに安堵のため息をついた。クロヴィスは思わずソランジュの手を握りしめる。
注目される中、アリスティドは泰然とした態度でオレリアを席までエスコートする。オレリアは注視されていたことに気づいて身じろいだが、ぎこちない笑みを浮かべながら座った。
リシャールとイレーヌから質問攻めにされ、アリスティドが何度も諫めたり代わりに答えたりした。
「学院ではなにを専攻されているんですか?」
「植物学と地質学を学んでおります」
「まあ! 令嬢が学ぶには珍しいものですわね」
「学院では男女の区別なく学びたい分野、高水準の授業を受けるんだ。貴族令嬢のたしなみとは違うんだよ」
「兄上とはどちらでお知り合いになったのですか?」
「授業で組みとなって協力して作業を行うことがございます。そのときですわ」
「あら、でも、カディオ伯爵家の嫡男だということはご存知でしたのでは? お兄さまはクールナンでも並ぶ者のないお方ですもの!」
「社交界では貴族名鑑が重要視されるけれど、学院では貴族の子女ばかりが通うのではないよ。レイモンおじさまもそうだろう?」
リシャールは兄とその婚約者の関係に興味津々で、イレーヌは多少の嫉妬を含んでいるようだ。ことごとくアリスティドにいなされている。
「お兄さまのことがお好きなのですね」
「手ごわそうだが、アリスティドの手綱さばきの見事さがすごいですね」
フランシーヌとロドルフがひそひそと言い合う。
「いい加減になさいませ、イレーヌ。失礼ですよ」
ソランジュが苦言を口にする。
「そうだぞ。第一、歴史や詩、語学なんかは家庭教師から学ぶものであって、学院へ入学する者は当然身に付いている。君の方こそどうなんだい? 家庭教師から———」
「おっしゃらないで! ひどいわ! こんなときに持ち出すなんて!」
リシャールが言い差すのを、イレーヌが悲鳴じみた声でさえぎる。
「ふたりとも、止めなさい。お客さまの前だよ」
アリスティドは穏やかに制した。効果てきめんで弟妹はぴたりと口をつぐむ。
「失礼しました」
「お見苦しい振る舞いでしたわ」
オレリアたちに礼儀正しく謝罪する。
「いいえ。ご兄弟仲が良いのですわね」
「本当に。微笑ましいですわ」
「兄上さまの薫陶が行き届いているご様子だ」
その後、リシャールとイレーヌは勉強を見てくれ、馬が生んだ仔馬を見に行こう、とアリスティドにまとわりついた。
翌日、孫の帰省に合せてやって来た祖父母、前伯爵夫妻と大伯父もアリスティドとの再会を喜び、その婚約者と学友たちを大いに歓迎した。
※フィリップの解説および宣伝
「当然のことながら、領地の伯爵家ご家族のみなさまにアリスティドさまのことをご報告しております」
「貴族はとかくご家門を維持することを大切になさいます」
「政略結婚により、家族間に隙間風が吹くこともままあります」
「ですが、カディオ家におかれましては、温かい家庭を築かれておられます」
「年頃のアリスティドさまが婚約者を持とうとなさらないことを、ご当主夫妻は大変心配なさっておられました」
「オレリア嬢のことの報告いたしましたところ、即座に詳細を問われました」
「このたびのアリスティドさまのご帰省を、ご家族のみなさまもとても楽しみにされておられたのでございます」
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