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5-2

 

 乗船する船が到着するのを待つ間、街で買い物をした。

「わたしとも揃いの物を持ってください」

 アリスティドはそう言ってオレリアとあれこれ商品を見て回った。自然とロドルフがフランシーヌをエスコートすることになる。アリスティドは花の刺繍が刺されたハンカチや透かし彫りの入った木製の栞などを買う。読書家のオレリアは心くすぐられるのか、熱心に選んでいた。

「こちらなどはいかがです?」

 自分のものを選んでいたのかと思いきや、アリスティドが使うものに頭を悩ませていたと知り、思わず彼女の手を握りしめていた。我ながらずっとにやけっぱなしなのだろうなと思う。嬉しいのだから仕方がない。


 フランシーヌもロドルフにひとつふたつなにか買ってもらったらしく、しきりに恐縮している様子だ。

「なに、フランシーヌ嬢には語学の指南を受けているのです。そのお礼です」

「あ、ありがとうございます」


 従僕に耳打ちされたアリスティドはひとつ頷いて同行者たちに声を掛ける。

「船が到着したそうだよ。行こうか」

 船着き場に向かうと、外洋船とも見紛う大きな船体がその威容を誇っていた。見上げればマストの先の向こうに太陽があり、まぶしい。昼を少し過ぎたばかりのまだ高い太陽を突き刺さんばかりの高みにあった。


「この街ではそれほど荷の変動はないから、すぐに出立できるよ」

「え、ということは?」

「うん。君が興味があるかなと思って、カディオ家の船に乗れるように調整したよ」

 カディオ・ワインを降ろした後、荷を積んで帰路に就く船に乗るという。この年の収穫は始まったかどうかの時期だ。これからワインを醸造する。だから、今時分の出荷自体が少ない。そんな船に乗る貴重な機会を設けたと聞き、ロドルフは喜びに震えた。

 なにしろ、名をとどろかせるカディオ・ワインを運んだ船である。


「あとで船倉を見てみるかい?」

「いいのか?」

 乗船しながらアリスティドが尋ねると、ロドルフが目を輝かせる。


「あ、あの、よろしければ、わたくしも、」

 オレリアがおずおずと言う。

「もちろん、案内するよ」

 アリスティドはオレリアの初めてのおねだりに素晴らしい笑顔で答える。興味があるのなら、船内のあちこちを見て回ろうと思う。


 まずは出立だ。船が岸から離れ、つい今しがた歩いていた街が遠ざかるのを見るのはなんだか不思議な心地がする。

 アリスティドは何度も体験したことだが、オレリアはそうではない。

 船縁に手をついてじっと眺める。


 そんなオレリアを斜め後ろから見つめながらアリスティドは思う。

 恋してみて初めて分かった。彼女が望むならなんでもやろうと自然に振る舞う。今まで送られてくる秋波を煩わしく思うことすらあったというのに。


「恥ずかしいよ。どれだけの女性の気持ちをないがしろにしてきたことか」

「そういうものだろう。とにかく数が多いし、純粋な恋心はどれくらいなものか」

 ロドルフが肩をすくめる。

「ああ、そうだな。伯爵家子息という肩書はさぞや魅力的だったのだろう」

 特に、カディオ伯爵家ともなれば。アリスティド本人も優れた人物なのだから、一層惹きつけられる。


 これだけの船一艘を造船するのにいかほどばかりの金額がかかるものか。ロドルフはそら恐ろしくなるほどだ。なのに、カディオ伯爵家は造船会社までも所有しているという。


 甲板で飽きることなく景色を楽しんでいると、割れ鐘のような声がした。

「若君さま?! 若君さまじゃねえか! いつ船に乗ったんだ? ああ、さっきの街か。そうか、それで航路の変更があったってわけか。若君さまが乗るってんなら、そうなるわなあ」

 ドラ声がどんどん近づいて来る。見れば、声に負けないほど大柄な男が甲板をのしのしと横切って来る。

 親し気な様子でアリスティドの肩を叩こうとし、従僕に止められる。分厚い手で叩かれれば吹き飛びかねないとばかりに、必死の形相で身を挺して割って入っている。


「おお、すまん、すまん。久々に会えたからつい」

 頭をかいて一歩後退する様子から、男は悪い人間ではないと分かる。

「久しぶりだね、アルマン。元気そうでなによりだ」

 アリスティドは穏やかに挨拶をする。


「若君さまも。いや、ちいとばかり背が伸びたか? おっと、お連れさま方はお貴族さまかな」

 呆気に取られて眺めているオレリアたちがアリスティドの同行者だと知り、アルマンは自身の言動がまずかったかと今さらながらに考える。

「ああ、紹介するよ。我が学友たちだ」

 アリスティドは気にせずアルマンをオレリアたちに紹介する。


「彼は石工職人でね。アシャール運河と我が領の水路を繋げる建設の指揮を取ってくれたんだよ」

「まあ!」

「おお!」

 大掛かりな建設は大抵工期通りにいかず、遅れがちとなる。だが、カディオ伯爵家の水路建設は異例の速さで完成させた。その工事の指揮を執ったと聞き、オレリアたちは感嘆の声をあげた。

「おうよ。カディオ伯爵とそのご子息、若君さまのじいさまと父さんだな、そのおふた方がいっしょになって励んでくださった。俺たちがのんびりしてもいられないってものさ」

 オレリアはカディオ伯爵家の気さくさや自らが率先して立ち働く勤勉さは血筋なのだなと得心が行く。


「今日はどこかの街からの帰りかい?」

「遍歴職人の仕事を済ませてきたのさ」

 大掛かりな建設を終えた後、アルマンを始めとする工人たちはカディオ伯爵領を拠点としてあちこちへ仕事をしに行っている。

「夏から秋にかけては稼ぎ時だからな。新酒祭までには帰って来るけどよ」

「今年のぶどうの出来も良いと聞いているよ」

「そりゃあ、今から楽しみだ!」


 夕食前にひと眠りするというアルマンと別れ、アリスティドはその後、一行に船長や船員たちを紹介し、船を案内して回った。

「結構な運動になったな」

「船内がとても広いですわ」

「スペースを有効活用する工夫があちこちにされていました」


 感心しきりのオレリアたちを連れて食堂に行くと、すでに飲み食いしていたアルマンが大きく手を振って、同じテーブルについた。

 オレリアたちは様々な経験をしてきた石工の話を面白く聞き、アルマンも興が乗ってあれこれと話した。


「いやあ、カディオ伯爵さまんちのお貴族さま以外にもこんなに話が分かるお人がいるとはねえ」

「とても興味深いお話を伺うことができました」

「そうなんだよな。資材調達の品質保持や運搬は大きな問題なんだ」

「道具ひとつとっても国によって言い方が違うのですね」

 オレリアたちはそれぞれ関心を持ってアルマンの話から学んだ様子だ。


「あの、アリスティドさま、もしよろしければ、」

 オレリアはとてもよくしてくれる者たちへの礼としてヴィスカントの演奏をしたいと申し出た。

「もちろん、ぜひ聴きたいです。あなたの演奏を聴けるなんて、素晴らしい船旅だ」

 アリスティドはもろ手を挙げて喜んだ。

 オレリアは楽しく弾むような楽曲を選んで弾いた。食堂は大いに盛り上がり、船員たちも交代で聴衆となった。


「え?! 若君さまの婚約者? 俺、伯爵さまや前伯爵さまより先に若君さまの婚約者さまの演奏を聴いちまったよ」

 アルマンはひとり蒼ざめたのだが、アリスティドに笑って宥められていた。




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