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4-1

 

 カディオ伯爵子息アリスティドはカディオ・ワイン事業に携わっていると言われている。カディオ・ワインは今や世界に名だたるワインのひとつである。そんな事業にまだ学院に身を置くいち子息が関わるなど箔付け以外のなにものでもないだろうという見方をされていたが、貿易大国ラコルデールから嫁した王女がアリスティドに親しく声をかけたことから、事実なのだとクールナン社交界でも浸透して行った。


 いわば、クールナンで最も注目される有望株のカディオ伯爵子息と、デサネル公爵令孫オレリアが婚約を発表した。

 この慶事の噂は一気にクールナン社交界を駆け巡った。


「デサネル公爵令孫は他国へ嫁すのではなくて?」

「いいえ、そのご令嬢は違うお名前でしたわ。たしか、そう、ジョゼット嬢よ」

「デサネル公爵令孫にオレリア嬢という方はいらしたのか?」

 疑惑は不審を呼んだ。

 そこへ麗しい声がかかる。

「オレリア嬢は以前はラコスト侯爵の家門の出でしたよ」

 視線をやった者たちは色めきだつ。

「あら、セドリックさま! いらしていましたのね」

「お久しぶりですわね」

「ささ、こちらへ。カディオ・ワインがございますぞ」

 社交界の華の登場に、あっという間に人の輪の中心に据えられた。


「ラコスト侯爵とおっしゃいますと、」

「あまり良い噂は聞きませんわねえ」

 セドリックがもたらした情報に、あれこれ言い合う。

「そう言えば、庶子の令嬢が憐れな境遇にあるとか、」

 発言者も何の気なく言った。けれど、いち早くぴんときた人間たちはさっと意味ありげな視線を交わし合う。何事かあるという雰囲気に、すぐに知っていることと知らされたことを繋ぎ合わせて理解に及ぶ。


「不遇をかこっていた令嬢が素晴らしい伯爵子息の愛を得て、幸せになる道へと歩み出す。実に爽快な恋物語だ。乾杯しましょう!」

 セドリックは手にしたワイングラスをす、と優美な仕草で持ち上げた。磨き抜かれたグラスが照明を反射し、上品な色の液体が揺らぐ。クールナンではカディオ・ワインと言えば、カディオ伯爵家とアルカン子爵セドリックだ。象徴ともいえるワインを手にしたセドリックは優雅な社交そのものであった。


 あまり良い噂を聞かないラコスト侯爵家で不幸であった令嬢が格上の公爵家の一員となり、勢い盛んな伯爵家の子息と婚約する。それは貴族たちの関心を大いにそそった。そして、社交界の華が寿いだことから、彼らの中に素晴らしい慶事として認識された。

 その後、めでたきこととして好意的に噂されるようになる。


 学院生は寮生活をしているとはいえ、噂が入って来ないことはない。

 学院でもアリスティドとオレリアの婚約は周知のこととなった。

「いつの間に婚約したんだ!」

 学友であるバシュレ伯爵子息ロドルフに詰め寄られた。

「いや、少し前から仲が良いなとは思っていたんだ」

 薄々察していながら、横からいらぬ口を出さないでおこうとした友人にアリスティドは感謝する。


「オレリア嬢はなにかと家門のことが難しくてね」

「それももう解消したんだろう?」

 ロドルフは意味ありげな視線を送ってくる。

「もちろん。それでようやく婚約発表にこぎつけたのさ」

「詳しく聞かせろよ」


 アリスティドよりも身長が低いものの、ロドルフは肩に腕を回してじゃれついてくる。そうしながら、ひそやかにささやいた。

「知っているか? バイヨ子爵子息アンリがオレリア嬢のことを悪く言っている」

 彼はこれをアリスティドに知らせようとしたのだ。

「そうなんだ?」

 アリスティドはふつうに返事をした。つもりだった。声が低くなった。

 ロドルフがぎょっとした表情を浮かべてさっと身を引いた。当然、肩にのしかかっていた腕もなくなる。


「おお、怖い。いつも穏やかな君がそんな顔をするなんて。バイヨ子爵子息もばかなことをしたものだなあ」

 大げさに両腕を抱き寄せて震えて見せるロドルフにアリスティドは苦笑する。

「彼女のこととなると、なかなか感情のコントロールが難しくてね」

「本気なんだな」

 そう言ったロドルフはなぜか感動している様子だった。


「よし! 学院内のことはさすがの君も手が回らないことがあるだろう。わたしも協力するよ。それとなく、デサネル公爵ご令孫のことを気に掛けてくれるよう、知人に声を掛けておく」

 気さくな性格のロドルフは学年や性別の隔てなくいろんな者との伝手を持っている。教師とも親しんでいるという。

「ありがとう。恩に着るよ」

「大いにそうしてくれたまえ。君には大量に恩を受けているからね。ここでなるべく返しておくさ」

 ロドルフは肩をすくめてそう言った。







※フィリップの解説および宣伝

「バイヨ子爵子息アンリさまは後期が始まったばかりのころ、オレリアさまに告白を断られました」

「その腹いせに暴言を吐く始末」

「さらにはあろうことか、アリスティドさまにまで悪意ある言葉を申されました」

「すぐさまカントリーハウスの家宰に連絡し、ワイン出荷を停止し、今後の取引もお断りしております」

「アリスティドさまとオレリアさまのご婚約について聞き及んだことにより、悪評を流しているのでしょう」

「アリスティドさまのご命令を受けるまでもなく、我ら使用人一同、そらの証人を押さえましてございます」

「よろしければ、評価、ブックマーク、いいね、ご感想をいただけると幸いです」





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