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さて、ラコルデール宮廷へワインを印象付ける表向きの仕掛けは整った。
「次はリキュールですね。セドリック師匠、ニコラおじさんから、神殿のレシピのハーブをたくさん収穫したという連絡が入りましたよ」
父の友人であるニコラに、シェロン男爵領で特定のハーブの栽培を依頼していたのだ。
「これでリキュールも増産できるね」
「はい。リキュールづくりのおかげで神殿周辺の村でも雇用が増えてみな冬支度を十全にできると喜んでいます」
「神殿が協力してくれたのはそれが第一だろうからねえ。本当に君、よく思いついたね」
セドリックが感心してみせる。
「以前から思っていたのです。喜捨は一時のパンを与えます。でも、降ってわいたパンに感謝するのも一時だ。それよりも、自身の力で糧を得た方がありがたみとやりがいを感じられる。そして胸を張って食べることができるのではないでしょうか」
「そうだね。喜捨は急場をしのぐものでしかないから」
抜本的な問題解決にはならないが、なくてはならないものでもあるのだ。
「そうか。自信を持たせる、か。人間にやる気を持たせるのは重要なことだからな」
「はい。そして、とても難しいことでもあります」
感心するレイモンに、アリスティドはそう答えた。
アリスティドは国内で広く船会社を探している際、とある寂れた神殿を発見し、援助をすることにした。そこでは蒸留したワインに百数十種類もの薬草を加えたリキュールを造っていた。
ワインはビール醸造と同様、神殿が洗練化した。
「神殿がワインに薬草を加えたのは、そもそも古代の高名な医学者が行ったとされている。なにも神殿の専売特許ではない」
見出した神殿が元々持っていたレシピに改良を加え、カディオ・ワインをもとに、蠱惑的な味わいのリキュールを造ってもらうことを依頼した。
「このレシピが完成すれば、一定数量を造っていただきたいのです」
「しかし、素材となる薬草を相当数揃えるのは至難の業です」
「そちらに関しては、心当たりがありますので、栽培を任せるつもりです」
周囲の集落から人手を集め、醸造に当たってほしいと言えば、聖職者たちは俄然やる気になった。
彼らもまた、アリスティドと同じような考えを持っていた。
「自立できるのならそれに越したことはありません」
その点でアリスティドの考えに大いに賛同した神殿は協力的になった。
セドリックがアドバイスして改良を重ねる。
そして、できあがったリキュールは非常に華やかな香り、味わい、鮮やかな彩りに仕上がった。
「素晴らしいです。この品質を維持して造ってください」
アリスティドは惜しまず十分な工賃を払った。
そのため、神殿周辺の村は後にリキュール村と称されるほど、重要な産業となった。
アリスティドはこのリキュールを「幻の酒」として世に送り出そうとしていた。
「味も香りも良い。ならば、あとはブランディングだけだ」
さて、そのリキュールは社交界、特に貴婦人たちの心をわしづかみにするセドリックの手腕を見込んで、売り込んでもらうことにした。
セドリックは言葉巧みにラコルデールの国王の愛人に招待をさせるように仕向けた。遠路はるばるやって来たセドリックは大いに歓迎される。
「アルカン子爵さまのご推薦してくださった料理人とコンテ・ワインのお陰でわたくしのラコルデールの宮廷においての地位はうなぎ登りですわ」
機嫌良く笑う国王の愛人に、セドリックは意味深長に微笑みながら囁く。
「実は、それだけではないのです」
「とおっしゃいますと?」
頬を染めながら国王の愛人が尋ねる。色香に惑っているように見えて、自身の地位確立を忘れない強かさにセドリックは心地よさを感じる。
このくらい強い女性でなければ、計画の要になることはできないだろう。
セドリックは確かな手ごたえを感じながら、件のリキュールを提供した。
「これは隠者たちが編み出したレシピによる「幻の酒」です」
「まぼろしの、」
人は秘密があれば知りたがる。数が少なければ欲しくなる。限定されれば、今すぐにという気持ちになる。
「思慮深く、それでいて刺激的な予感をさせる色と香り。思わず暴きたくなる」
耳元でそう囁いて、ぐいと少々乱暴な仕草でグラスを煽る。その間、ずっと視線を交わらせたまま。国王の愛人は彼から目を逸らすことはできなかった。
セドリックとともに飲んだリキュールを国王の愛人派非常に気に入った。セドリックの期待通り、彼女はいかんなく社交手腕を発揮し、ラコルデールの宮廷において、リキュールはファッショナブルな飲み物という地位を得た。
セドリックは招かれた夜会でグラスを灯りにかざし、中のリキュールの色をひと際うつくしく見せつけながら語った。
「錬金術師が同じように苦心惨憺してレシピを考案するこのリキュールは、薬草を酒に加えることで、不老長寿の秘薬を作り出そうという目論見の対象でもあったそうですよ」
エリクシル。
神秘的な響きは聞く者の心を捉えた。
麗人が称賛するリキュールは、スパイシーで官能的な味わい、香りでむず痒い心地にさせる飲み物だ。
グラスを傾けるセドリックが語った話はラコルデールの社交界ではもちきりとなる。
こうして、ラコルデールでは表ではコンテ・ワイン、裏ではコンテ・リキュールがもてはやされるようになる。
宝石のようなうつくしいリキュールの色味が映えるようなグラスもレイモンがつくり、これもまた飛ぶように売れたという。




