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2-5

 

「面白いほどヒートアップしたな」

 レイモンはこの争いが良い宣伝になるとほくそ笑む。

「本当に。こんなに上手くいくとは想像だにしませんでした」

 愉悦に満ちたレイモンとは対照的に、アリスティドは自身で計画したものの、描いた道筋通りとなって呆気に取られた。

「こんなにこちらの計画通りに動いてくれるなんて」


 人は手に入らないものほど欲しがる。因縁のあるレイモンと競い破れたラコルデールは、一年間「待て」を強いられる。翌年にはどれほど値を吊り上げてでも買おうとするだろう。しかも大量に。


 アリスティドの計画をたたき台にしてレイモンが競争を言い出したが、アリスティドもどんどん案を出した。レイモンもこだわらずに受け入れ、計画は複雑な層をなした。

 カディオ家としてはどちらが勝っても構わない、という構図にした。レイモンが。

 そう、レイモンは勝つ気でいたのだ。


「俺が買い占めて、島国だけでなく諸国に広めてやるからな!」

 仮にラコルデールが勝っても来年もレイモンに買い占められないよう、先んじて購入するだろう。

「あいつら、アツくなりすぎて、その熱はちょっとやそっとじゃ引かなさそうだな」

 これで、来年からはラコルデールにおいてカディオ・ワインが席巻するのも夢ではなくなる。


 レイモンがベクレル一族だと知ったとき、アリスティドは「棚からケーキが見つかった」とつぶやいた。思いがけない幸運が舞い込んできたという意味だ。

「やることは山ほどあるからね。そのうちのいくつかを父上がすでに片付けてくださっていたというのだ。わたしたちは次に取り掛からなくては」

 使用人にそう言ったという。

「立ち直りが早いな!」

 レイモンは笑ったものだ。


 饗宴でワインに価値を見出させるならば、高名なもの、主賓にゆかりがあるもの、そして食事と相性の良いものである。

「一番目の高名なものというのは当然除外される。カディオ・ワインはまだ無名も同然だからね」

 アリスティドがラコルデールに仕掛けるに際し、使用人たちに計画を話した。

「まだ」。そこに気概を感じて使用人たちは熱心に頷く。


「主賓にゆかりがあるものに関しては、そう都合よくいかない。こじつけもいいところになるから」

「では?」

「うん。わたしたちが目指すのは最後の食事と相性の良いワインだ」

「かの国で提供される晩餐の食事だったら————」

「そうなんだけれどね。わざわざ先方の食材、調理法に見合うワインを造っている時間が惜しい」

「とおっしゃいますと?」

「うちのワインに合う料理を提供してもらう」

 アリスティドの言葉に、使用人たちは絶句する。


「なるほど! わざわざこちらが合わせなくてもよいですな」

「しかし、料理は晩餐の華。そうそうこちらの思う通りのものを出させられますでしょうか」

「そうなるように段階を踏むんだよ」

 使用人たちの懸念に答えたのはアリスティドの商いの師匠となったレイモンだ。


 アリスティドの計画を下地に、レイモンがセドリックに指示を出す。

「狙うはかの国の国王の愛人だ。オトせるだろう?」

「もちろん」

 自信満々というのではなく、平らかだ。当然できることなので、誇る必要はない。


 アリスティドはかの国と富豪がもめたという話を聞き、ここにワインを売り出す糸口を見いだせないかと思ったのだという。

「かの国に影響を及ぼせそうな友好的な良い相手には当然多くが群がります。なんの実績もない、いち伯爵の係累は相手になんてされないでしょう」

「そうだな。吐き出させるだけ吐き出せられてお払い箱だ」

 頷いた後、レイモンはにやりと笑った。

「いい着眼点だ」


 その後、レイモンはもっと連中を煽ろうと言い出し、競争を仕掛けることにしたのだ。

「人間、張り合う生き物だからな」

「以前に同じようなことがあったのならば、しこりが残っていてそれを解消しようとしてより一層熱が入るものなのですね」

 ラコルデールはもともとレイモンやベクレル一族について良い感情を持っていなかった。


「そうだ。君は本当に理解が速いな」

「師匠が良いですからね」

「ちょっと待った! もともとはわたしがアリスティドの師匠なんだからね!」

 アリスティドが言うと、セドリックが割って入る。セドリックもラコルデールに仕掛けるに当たり、重要な役割を担うため、綿密に打ち合わせする必要があった。

「君も変なところで張り合うねえ」

 レイモンがワイングラスを傾けながら呆れる。中身はカディオ・ワインで、前祝いとばかりに瓶を空にする。


 こうして、立案アリスティド、出資カディオ家、編纂(へんさん)及び出資レイモン、そして、出演セドリックというラコルデールを舞台にしたひと幕の計画が打ち立てられていった。


 レイモンが用意した料理人をセドリックがラコルデール国王の愛人に推薦する。そして、その料理人が作る料理がカディオ・ワインと非常に相性が良いものとなるのである。

 国王の愛人はセドリックからのプレゼントである美味しい異国のワインを喜んで宮廷の饗宴に出す。

「ご覧ください、この愁いを帯びたガーネット色を。香りは華やかで、脚はくっきりと出ている。名誉ある晩餐にふさわしいものです。わたしも別の地において、同じワインを飲みましょう。離れていても、あなたといっしょにワインを楽しむ心地になれます」

 セドリックがそう言えば、国王の愛人はふたつ返事で彼の提案を受け入れたという。


「セドリック師匠はもうそこまでラコルデールの宮廷に食い込んでおられるのですか?」

 ついこの間、計画を練り、レイモンがラコルデールの愛人に近づくよう指示したばかりである。


「かの島国だけじゃないぜ? 社交シーズンは周辺諸国で引っ張りだこだ。船旅のスケジュールがきっちきちに詰まっていて、やつが訪れる宮廷ではそれに合わせて晩餐会が催されるってさ」

 セドリックが晩餐会で身につける衣装や出向く旅費などは、招く側が持つ。

「それでセドリック師匠は衣装持ちなんですね」

「やつを好きに着飾ることができるってんで、意欲的に用意しているらしい」


 セドリックは笑ってこう言ったのだという。

「去年の衣装は売り払っても大丈夫なんだ。だって、招くたびに用意してくれるからね。おかげで、我が子爵家の内情は潤っているよ」

「貴婦人たちが褒めそやす「麗しい笑顔」で聞かされるんだぜ? 本当にエゲツないよなあ」

 レイモンはうへえと呻いて顔をしかめる。


「ま、まあ、次から次へと頂くのであれば、保管場所も圧迫するでしょうし」

 アリスティドがそんな風に庇ったと聞いたセドリックは感激して衣装についている宝飾品をくれようとし、断るのに難儀した。

「ああ、これは確かにひと財産できそうですね」

 きらきらと陽光を弾く大きな宝石に、アリスティドはそう言うほかなかった。


 ジゴロとは女性から経済的な援助を受ける男性のことだが、その最たるものを見た気がする。なにしろ、競って女性の方からなにかしてやりたいと思うのだから。たとえ女性たちがかち合ったとしても、セドリックが困った顔で小首を傾げてみせれば、矛を収めるのだという。


 カディオ・ワインのブランド化の一環として、「大富豪対一国」のワイン争奪戦を繰り広げた。この戦略はレイモンが打ち立てた。

「ラコルデールにおいてカディオ・ワインこそが一級品と認識付ける」というアリスティドにレイモンは「面白い」と乗った。

「なにより、俺はカディオ・ワインのファンだからな」

 そう言ったレイモンはアリスティドの計画をたたき台にして、より一層衆目を集めることを考え付いた。


 人間、特に労働をしない暇を持て余す王侯貴族たちは娯楽に飢えている。

 さらには、噂は金がかからない好奇心を満たす格好の娯楽だから庶民も大好きだ。しかも、金持ちが国に挑む、というチャレンジ精神あふれるものである。

「楽に金を儲けやがってと思われれば知らないところで怨みを買うことになるからな。ガス抜きだ。エンターテイメントを提供してやるのさ。勝ったらすごいと称賛され、負けたら溜飲を下げるだろう」

 そう言ったレイモンはにやりと笑って続ける。

「まあ、負ける気はないけどな」


 そして、豪商が国を打ち破った。

 その事実は拍手喝采でもって歓迎された。


「あいつら、内部でゴタゴタしていて情報収集ひとつしないでいたんだ。勝って当然さ。なにしろ、俺はクロヴィスとは長い付き合いだし、アリスティドに関しては、この件でなにを目論んでいるか知っていたからな」

 だから、レイモンはカディオ伯爵家が今最もなにを欲しているのか知り、それを提示して見せることができたのだ。


 この一件はカディオ・コンテ・ワインの名を広め、その価値を高めた。

 カディオ伯爵家の評価、発言権が強まる。クールナンの王侯貴族が無理難題を押し付けて来ようものなら、大富豪ベクレル一族とラコルデール国が苦情を申し立てるようになるが、もう少し後のことだ。








※フィリップの解説および宣伝

「セドリックさまがおっしゃる「脚」というのは、グラスの内側につたうワインの軌跡のことにございます」

「「脚」はワインの粘性を表します」

「では、白ワインはどう確認するかと申しますと、「ディスク」、表面の状態を見ます」

「厚いと粘性が強く、薄いと弱いものとなります」

「ワインは味のみならず、香りや色、濃さ、余韻の長さといったさまざまな要素で評価されます」

「よろしければ、評価、ブックマーク、いいね、ご感想をいただけると幸いです」




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