第二話 ありえないハッキング
「おーい・・・」
「おーい」
「おい」
頭の中にバチンッ、と電気の流れたような電子音が響いた。
どうすればいい?というかなぜ俺?
様々な疑問が頭の中を逡巡する。
ダ・ヴィンチだよな・・・
「そう」
ダ・ヴィンチだな。
「そう」
なんで意識があるんだ?意図は?どういう状況だ・・・
再度脳内がめまぐるしい混乱の渦に飲まれた。
瞬間
バチンッ、とまた電子音が響いた。
「そろそろ起きて」
「私はローマ所有の準ヒト型AIのダ・ヴィンチ」
知っている。さっき聞いた。俺から。
どういうことだ?状況は?
「ローマからあなたの電脳をハックさせてもらった。」
いや、それはわかる。意図は?なんで意識が、
「あなたと会話できた方がわたしにとって都合が良かった。」
これバレたらまずいんじゃ・・・
「まずい。あなたは記憶消去措置で済めばマシ、わたしは強制解体かな。」
まずいじゃん。バレないの?
「わたしは連邦政府承認済みの準ヒト型AIよ。バレるハッキングなんてしないわ。」
そう・・・か。いややっぱりまずいんじゃ、
「しつこい。またバチンッてするよ。」
いや、やめてくれ。あれ少し痛い。
「落ち着いた?」
あ、あぁ。まぁ。
「なら良かった。」
どういうことだ。ダ・ヴィンチと話している。しかも敵意はなさそう。なんか普通に話してるな。
普通AIによる電脳ハックというと暴走とかなんとかって言うけれど・・・
俺は例の噂のことを思い出した。
ダ・ヴィンチ、調子よさそうだな。よかった。というかダ・ヴィンチと話してるぞ俺。
状況を忘れてついそんなことで興奮してしまった。
「おーい!」
慌てて壁に頭をぶつけてしまった。
「おい!!!」
「いつまで寝ぼけてんだアラームうるさいって!」
カイトの怒鳴り声だった。
慌てて俺はアラームを止めて息を整えた。
「悪い寝ぼけてた。すまん」
「みりゃわかるわ。」
カイトに悟られないようなんとか平静を振る舞いアラームを止め謝った。
もう一度深呼吸してなんとか状況を整理・・・
今俺はダ・ヴィンチにハッキングされてて、でも意識は取られない。バレたらまずい。
確か今ダ・ヴィンチは不調だからっていつもより多くの研究者たちがダ・ヴィンチのサポートをしているんじゃなかったか・・・
だとしたらバレるのも時間の問題なんじゃ・・・。まずい。まずいぞ。
瞬間
バチンッと脳内に電子音が響き渡った。
「いてっ」
今度は声にでた。
「どうした。」
カイトが尋ねた。
「いや、なんでも、ない。」
このごまかしは少し不自然だったろう。
「うーん?そうか。」
幸いカイトもまだ寝起きでまだ頭が回ってなかったようだ。
「俺もう少し寝るから朝飯の五分前になったらまた起こして。」
カイトはそう言ってまた布団をかぶった。
「慌てないで。」
冷たい感じの声がまた頭の中に響いた。
「今あなたとわたしは直接つながっているからあなたが慌てるとわたしの方にもノイズが走る。」
ダ・ヴィンチは囁くように俺にそう言った。
慌てるなと言われても・・・。けれどこんなやりとりのおかげで俺は段々と平静を振る舞うことができるくらいにはなんとか落ち着きを取り戻していた。
そしてなによりダ・ヴィンチに聞きたいことがある。
「そっちは大丈夫なのか?」
「今のところ大丈夫。全くバレた気配はない。」
「いやそうじゃなくて、例の不調が何だかとか言う・・・。」
「この通り。全くもって平気。」
少し間をおいてダ・ヴィンチが言った。
「異国の民間人にハッキングってあまり大丈夫そうじゃないけど。」
「それは、確かに。」
久しぶりに頭の中が静かになったように感じた。
「どうして俺にハッキングなんか。」
「さっきも言ったでしょ。あなたと話せた方が都合がいいの。」
「それは例の不調となんか関係が?」
「まぁそう・・・。」
自分でも驚くほどダ・ヴィンチとは自然に話せている気がした。
昔AIと共に暮らしていたからだろうか。
「ダ・ヴィンチの不調だとかなんとかっていうのは結局なんなんだ?」
「あなたには関係ないわ。気にしなくていい。」
「気にしなくていいって、ついさっき俺と話せた方がいいだとかなんとか言ってただろ。」
「今はいいの。それより当分ハッキングをやめるつもりはないからこの状況に慣れて。」
それは無理があるだろう。四六時中脳内覗かれて、こうやって話しかけてくるんじゃ・・・
いや、いつからか自分の意思でダ・ヴィンチに話しかけられるようになっている。
「気づいた?ハッキングのレベルを少し下げたからもう脳内の思考がわたしに全部筒抜けになってるってわけじゃないと思う。」
「あぁ、みたいだね・・・。」
気づいた瞬間話しかけてくるものだから少し疑心暗鬼になったが話を合わせた。
「ど、どのくらい居座るつもりなんだ?」
「居座るって感じ悪いわね。まだわからない。状況次第じゃ結構長くなるかも。」
状況次第って・・・
あまりにもダ・ヴィンチが自分勝手な感じに振る舞うものだから段々会話もフランクにできるようになっていた。
「長くってどのくらい。」
「うーん、一年とか?」
「一年!?、それより「とか」って具体的な数字はわからないのか?」
「だから状況次第。」
納得するしかなかった。俺の技術でこいつを追い払うすべなんてないし、助けを求めることもできない。バレたらどうなるものか。見当もつかない。
いや、ダ・ヴィンチと話せるって考えたら結構、むしろいいことなんじゃ・・・
「でしょ?わたしを住まわしてもあなたに損はさせないよ。」
損はさせないって・・・
「やっぱり頭の中覗いてるんじゃねえか。」
つい声に出そうになった。
「たまたまよ。あなたが興奮したから聞こえただけ。」
「それよりもうそろそろ朝ごはんの時間なんじゃない?」
ダ・ヴィンチとの会話に気を取られていて気が付かなかった。
時計をみると針はもう六時五十七分を示している。
「カイト!起きろ、もう飯だ。」
「ああ、今起きる。」
俺は急いでカイトを起こし食堂に向かった。
意味不明な状況に気を取られていて気が付くのに遅れた。
ダ・ヴィンチは女の子だったのか。